殴るぞ

色々と思いっきり話します。

【戦評】サウル・アルバレスvsアミール・カーン「rugir」

 まるですべてをなぎ倒すかのような一撃だった。それまでリードしていた(と思われる)アミール・カーンがカネロの右ストレートを真正面から受けてしまった結果、衝撃的な結末へと流れ込むことになってしまったからだ。エリスメンディ・ララ戦など、サウル・アルバレスの実力に疑問の目が向けられていた中、自らの手で流れを変えたのはカネロ・アルバレスだった。

 カーンとカネロの試合は開催前から大いに注目されていた。何よりも大統領選挙と合わせて共和党の候補であるドナルド・トランプ氏が移民に対する強硬策を表明したことから端を発している。プロモーターのオスカー・デ・ラ・ホーヤ氏はメキシコ系アメリカ人であるし、アメリカにおけるボクシングを下支えしているのはメキシコ移民に依るものが大きいとされる。フロイド・メイウェザー・ジュニアがマニー・パッキャオ戦で両者と全く関係のないメキシコ国歌を流したのも「プエブラ戦勝記念日」にちなんだものなのだとか。

 ましてやカネロはメキシコ人であり、トランプ氏に取ってみれば憎き敵となるわけだ。そしてカーンもイスラム系のコミュニティの出身である。まさしくトランプ氏が大統領になると、真っ先に敵として認定されてしまうルーツ同士の戦いだったわけだ(もっと言ってしまうと、ゴロフキンはカザフスタン旧ソ連の生まれである。もう手に負えない)。

 そんなゴールデンボーイはトランプ氏をこの一大決戦に招待したとのことだが、案の定トランプ氏は断ったとのことである。大統領選挙が迫っているというのに、そんなことに時間を割いている暇などなかったのだろうが、中々切れ味のいいジョークだったなと思ってしまったものだった。

 さて、そろそろ試合に話を戻そう。

 試合は序盤からカーン優勢のように思えた。元々スーパーライト級をメインとして戦ってきたカーンにとって、ミドル級とは3階級も上の階級である。ハンドスピード豊かで、フットワークと攻防における基礎がしっかりとしているカーンがアップセットを起こすことはできないのではと、思ってしまった。

 しかし、ふたを開けてみると分からないものである。パワフルな攻撃が持ち味のカネロに対して、カーンは一発を受けないためだけのボクシングを徹底して行っていたように思える。とにかく出入り激しく、スピードを活かしてかき回す。徹底したヒット・アンド・アウェイ。カネロは攻め手がなく、カーンの攻撃をただ受け止めることしかできなかったように思えた。カネロが本領を発揮するには中盤から終盤にかけてが重要となるように考えていたのかもしれない。

 2ラウンドまでスピードでかき回されたカネロは、3ラウンドには攻めにボディから活路を見出す。それでもカーンの動きは全く止まらず、ハイテンションなままだったが、それでも4ラウンド以降は明らかに距離が縮まっていたことも言及しておこう。パンチにダメージはなく、ならば多少受けても徹底して圧力をかけていくことを重視する戦法に切り替えたというわけだ。

 カーンとしてはむしろ序盤から飛ばして、スピードでかき回しながら攻めたてる。これしか方法が無かったのではないだろうか。カネロの耐久性を無視してしまえば、下手にパンチをもらわない限りは効率はこちらの方が遥かに良い。そしてそれを遂行できるだけのコンディションと能力が彼には備わっていたのだから。現にそれはカネロにとってもポイント上では有効であったはずだった(公式なジャッジペーパーでは2-1でカネロ優勢だったが)。しかし、カネロのダメージは想定以上になかった。元々フレームがガッチリしているカネロは、その見た目通りにフィジカルとタフさでもカーンを遥かに上回っていた。

 そして、6ラウンド2:37にメキシカンの「ルヒール」を受けることとなってしまった。まるで大砲が大地の中心を揺さぶるかのように、激しい一撃を。

 しかし試合終了から数時間経過した今でも、興奮と熱が冷めない。それだけの驚きと激しさが入り混じった素晴らしいファイトだったと言える。かくして明暗こそ別れたカーンとカネロだが、スピード感がありテクニカルな印象のあるカーンは階級を下げて戦っても紛れもなく今後に期待の持つことができるボクサーであることを証明してみせた。恐らくはスーパーライトからウェルター級での戦いになるだろうが、無事を祈りつつも今後に期待したい。

 さてカネロである。今回で、彼がゴロフキンにとって最大の「難敵」として認識されたのではないだろうか。決して格好良いとは言えないが、ど派手なKOとそれを実現するパワーとメンタリティーは紛れもなくスターのそれであることを証明した。そして勇敢な戦士であるということも。最大にして最高のビッグマッチがいよいよ実現するかもしれない。

 鬨を上げるのにはまだ早い。サントス・サウル・アルバレス・バラガンこと、カネロが真のスターになるための試練は続いているのだ。

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