殴るぞ

色々と思いっきり話します。

川内優輝「その男、不器用につき」

 意地と魂のこもった走りだった。すでに一週間は過ぎたものの、興奮と感動は忘れられない。川内優輝の真骨頂、愚直で実直な走りを見せられたからだろう。

 多くの報道で語られているように、今回のマラソンを前にコンディションは最悪の状態。右のふくらはぎを痛め、さらには左足首の捻挫。大会を前にしてコンディションの調整がうまくいっていない状態での強行出場だった。川内自身も認めているところだ。「ひとつでも上の順位、1秒でも速く走ることを目標に頑張りたい」。彼にしては珍しく、弱気な発言があったことは記憶に新しい。

 しかし、ふたを開けてみれば川内は日本人トップどころか優勝争いにまで絡み、湿度が高く雨が降る中で2時間9分11秒というタイムで走り切った。派遣標準記録となる2時間7分には到達できなかったが、世界選手権やオリンピックで活躍したツェガエや世界記録保持者であったマカウにも一歩も引かない戦いを見せたのだ。

 ある種の「神風特攻」にも見えた、川内優輝64回目のレース。しかし、今回はレース展開と気候が川内に幸運をもたらしてくれたのだと、私は考えている。

 レース展開は12月にしてはやや高温で降雨のためか多湿。派遣標準記録となる2時間7分どころか、2時間10分切りを意味するサブテンすら怪しいと思われた。こういうレースで大切になってくるのは戦略と知識・経験。給水をしっかりと摂った上で、ペースメーカーが外れるまでにいい位置をキープできるかが重要だ。

 川内に幸いしたことはペースメーカーの動きも思わしくなかったこと。チャールズ・ディランゴの靴ひもがほどけるアクシデントが発生し、レースのプランも大きく狂うこととなった。好タイムを期待された旭化成の足立知哉や九電工前田和浩が出遅れ、海外の招待選手たちも本来の実力に見合ったレース展開ができない。

 レースは自然と川内が勝負できる雰囲気になっていったことが、何よりも大きかった。けがを抜きにしても、一回で多くの距離を踏むトレーニングを取り入れて常に状況を改善しようともがき続けたことも良かったのだろう。負傷したことで思うように練習は積むことができなかっただろうが、それが幸いして彼の体が走りやすいコンディションに変えてくれたのかもしれない。

 とにかく、天も彼に味方してくれた。そして、戦いに向けて作り上げてきてくれた体が最後の最後で味方してくれた。それに尽きるだろう。

 逆境と向き合うことは昔から変わらない。高校時代はインターハイの常連校。しかしケガに苦しみ、芽が出ることはなかった。練習ノートにもネガティブな言葉が並んでいたという。進学した学習院大学箱根駅伝に出たことがない学校。そこで自ら考えてトレーニングすることを選んだ。関東学連選抜に選ばれて、箱根駅伝6区を走った時も直前まで風邪で寝込んでいた。何かと逆境が多かった。

 だからこそ、「実はやれそうな気もする。一発狙っています」という今回のレース前の言葉に重みがあったのかもしれない。そして、実際にやり遂げてしまった。自分が積んできた練習に自信を持ち、多くのレースを経験してきたことによる勝負勘で最後の最後まで勝つ方法を模索し続けたからこその結果だろう。

 もちろん、3位であって優勝ではない。

 過去5年の日本国内におけるIAAFが定めたゴールドラベルの3大会で優勝した日本人はいない。その状況を考えたとき、かつてお家芸と呼ばれたマラソンは未だ冬の時代にあるのかもしれない。

 川内には特段優れたスピードがあるわけではないし、スパート合戦になると実力差が顕著に出てしまう。しかし、世界選手権やオリンピックでは実力だけで物事を測ることができない「何か」がある。そこには彼が培ってきた経験と、積み上げてきた60戦以上にわたるマラソンの「練習」が戦う武器となる気がしているのだ。

 次の世界陸上を最後に、第一線から退くことも視野に入れる川内。30代後半でも勝負できるマラソン競技において、早期の引退を決意するのは珍しい。実業団で活躍するランナーは、彼に刺激を受けていくべきであると思うし、意地に期待したくなる。

 そうなれば東京マラソンびわ湖毎日マラソンでは面白いものが見られるかもしれない。市民ランナーに負けてはいけないという心から。川内を超える記録や勝負を見せてくれれば。それは冬の時代の終わりを告げるサインだろう。無論、その中心にはやっぱり川内がいなければいけない。それだけの華が彼にある。

 異端ゆえに多くの批判も受けてきた川内。しかし、歯を食いしばりながら一つでも前へと走っていくその姿に勇気をもらった人も同じ数だけいるはずだから。彼は、ロンドンで走らなければいけないのだ。

 来年のロンドンへと続く道。それは川内優輝の競技者として見せる、ランナーとしての「生き様発表会」なのだろう。その生き様を、川内がロンドンで見せていることを祈り、今回のレースをたたえる文としたい。

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