殴るぞ

色々と思いっきり話します。

一色恭志「箱根駅伝のその先へ」

「ちょっとマイクを足元へ向けてもらってもいいですか?」高校駅伝を解説していた金哲彦さんがそう言うのを聞いた。それが一色恭志くんの素晴らしさを初めて見た瞬間だった。リズムが良い。そして、テンポが速い。足の回転が速く、それがまったくぶれないのだ。佐藤悠基選手と比較された彼のポテンシャルの高さに、思わず驚いてしまったのをよく覚えている。

 私はことあるごとに一色くんの能力の素晴らしさを説いている、と思う。彼は間違いなく将来日本を背負って立つ陸上選手になるはずだと。それは青山学院大学に進学し、春から主力選手として活躍することとなるであろう今も変わらない。本当に彼はロードに向いている。それは数字でも明らかだ。大学3年間で出場した3大駅伝は8回。1回は中止になっているので皆勤賞。そして、いずれも彼が「外した」レースを見たことがないのだ。

 エリート中のエリートだ。中学までは京都で過ごしたものの、高校はその才能の高さを買われて仙台育英高校に進学する。当時の仙台育英は本当にタレント集団だった。世羅か仙台育英かという構図があったほどで、現に一色くん世代には服部弾馬くんがいたし、兄の勇馬くんは先輩にあたる。1年から都大路を走り、2年生の時には区間賞を獲得している。

 しかし、2年の2月にチームの監督を務めていた清野純一さんが「解任」されてしまう。それに不信感を覚えた特待生の男女10人が一斉に豊川高校へ転校するという騒動があった。一色くんもその10人の中の一人だった。この騒動にはかなり多くの批判が寄せられたと聞く。しかし、それを跳ね除けて豊川高校はその年の冬に都大路を制覇する。その後の活躍は言うまでもない。エリート街道をずっとひた走ってきたと言ってもいいだろう。

 そんな一色くんは次の青学におけるエースとして期待されている。1年からずっと主力選手として活躍し、高水準の成績を残しているのは他大学を入れても5人といない。東洋大学に進学した服部弾馬くんと、駒澤大学の中谷圭佑くん、西山雄介くん、早稲田大学の武田凛太郎くんもそうだろう。レースを壊さない安定感の高さは世代トップだろう。4本柱と呼ばれた先輩部員が卒業して、エースとなるのは自然のことであるし、トラックと駅伝シーズンに向けても大きな期待を寄せてもいいのではないだろうか。

 5000メートル日本インカレでは日本人2位、ユニバーシアードではハーフマラソン銀メダル。スピードとスタミナを併せ持っている。そして来月には東京マラソンへの挑戦も表明しており、高速レースとなるであろう東京マラソンでどれだけのタイムを残すことができるかにも注目が集まる。

 そんな一色くんの悩みは「自分には飛び抜けたものがないこと」。別に彼には武器がないわけでは無い。スピード・スタミナ・レースにおける「強さ」。一色くんにはむしろ武器がありすぎる。その反面、言われてみると飛び抜けたものが無いように見えるのは確かだ。服部勇馬くんはロードレースにおける飛び抜けた強さと存在感がある。たった一人でレースを変えることができる稀有な存在だ。弾馬くんはスピードがある。特に日本インカレで見せたラストスパートでの切り替えと強さは、おそらく大迫傑選手ともわたりあえるはずだ。レースでの強さは大学の先輩にあたる久保田和真くんは特に強い。今回も調子が悪いと言いながら、1区で区間賞をとることができるのはコンディション管理とレースにおける頭が良い証拠。

 一色くんは彼らと比較すると、どこかでワンランク落ちてしまう。それは彼がある意味なんでもできてしまう、器用貧乏なところがあるからなのだろう。また、物足りなく感じてしまうのは、レースで区間賞を獲得したことが無いからなのかもしれない。高い安定感は裏を返せば、驚異的な記録でぶっちぎるタイプではないとも言え、もし流れが悪くなったとしても一人では変えることができない。思うと、私はまだ「一色恭志の色」を出したレースを見たことがない。

 しかし、よく考えてほしい。これだけ安定してレースができるということは、ポテンシャルがとても高いランナーと言えるのではないだろうか。繰り返すが、彼は間違いなく東京オリンピックで表彰台に立っている。可能性としてはマラソンということになるだろうが、スピードと持久力を持ったランナーである彼に向いている競技だろう。

 しかし、もし本当に何も飛び抜けているものがないというのならば、私から提案がある。「強さ」を鍛えてみてはいかがだろうか。オリンピックや世界選手権のマラソン競技が2時間5分台の高速レースになると話は別だが、幸いそのようなレース展開にはなっていない。十分日本人選手にもチャンスがある。それでも勝てないのは、強いランナーがいないから。それだけ稀有な存在なのだ。箱根のその先へ行くために。一色くんはその強さを身につけて欲しいし、できると思う。

 挑め、一色恭志。