殴るぞ

色々と思いっきり話します。

中本健太郎の優勝。4年前の雪辱という個人的なところにとどまらないと考える、その理由。

 中本健太郎、初優勝。普段冷静沈着な男の眼は、涙でにじんでいるように見えた。4年前に別府大分マラソンで川内優輝にちぎられたものの、世界陸上では日本人最高位でフィニッシュ。国際大会のマラソン競技で複数回、現役選手としては唯一入賞経験の実績がある。そんな男が4年ぶりに表舞台へと帰ってきたのだ。

 高校時代と大学時代も決して実績を残してきたランナーとは言えない。中学までは野球に打ち込み、高校も野球部からの推薦があったというが、山口県立西市高校にスカウトされて高校から陸上を始めた経歴を持つ。高校時代は勝負弱く、重要なレースで勝てなかったそうだ。また、拓殖大学時代にもそれは同様だった。先輩にあたる藤原新は、準エース区間だった4区で区間4位という実績があるが、中本は大学4年時に7区で区間16位。区間賞を獲得した当時駒澤大学3年の糟谷悟とは3分以上も差を付けられる結果だった。

 大学卒業後は大手電機メーカーの安川電機に就職。陸上部としての活動を始めるが、駅伝でもトラックでもとにかく結果が出ない。5000メートルの自己ベストは14分4秒31。最近では13分台で走る長距離選手も多く出てきている中で、中本はその記録を打ち立てたことはない。

 26歳、陸上選手としてもがけっぷちに追い込まれた中本。マラソン転向のきっかけは山頭直樹監督に勧められたため。「地味な選手。でも諦めずにやる」という性格は、辛抱することが大事な競技にうってつけと、山頭監督も思ったのかもしれない。

 マラソンでもいきなり目を引くような結果を出していたわけでは無かった。しかし、大きくブレーキすることもないレースは、我慢してやれる彼の性格と合致したのだろう。世界陸上大邱大会の選考レースとなった2011年のびわ湖毎日マラソンでは、日本人2番手に入る4位。その勢いのまま臨んだ世界陸上では堀端宏行に次ぐ、全体10位でゴールイン。その後の活躍は前述の通りだ。

 しかし、その後は今一つ結果を残すことができなかった。今井正人がベテランの藤原正和らが脚光を浴びる中、ケガなどによって低迷。直近となった昨年のびわ湖毎日マラソンでは30キロ過ぎでペースダウンし、上位争いにすら食い込めないレースが続いた。

 年齢も34歳となり、現役生活の終わりも近づいているリアル。思うと、8年前も退部させられる寸前だった中本。普通に考えれば、満足して引退しても良いだろう。諦めかけていても、何ら不思議では無かった。そんな中本に火を点けたのは川内優輝だった。満身創痍の状態ながら戦った福岡国際マラソン。川内は最後の最後まで戦い抜いて3位に入賞した。日本人トップという記録で、だ。

「負けていられない」

 4年前別府大分を舞台に激しく火花を散らしたライバルの激走を見て、中本の気持ちに火がついたのではないだろうか。だからこそ、序盤から慌てずにどっしりと余力を持って走っていたように見えたのは。それは最後の最後、トップをつかみ取るために力を貯めていたにすぎなかったのかもしれない。

 くしくもレース展開は35キロ付近で一騎打ちに。相手はデレジェ・デベレ。大石港与も伊藤大賀も優勝争いから零れ落ち、4年前と同じ一騎打ちの様相を呈していた。

「あの時の思いがあるので、今日の試合にぶつけました」。レースを振り返った中本はそう話している。すっと前へ出た中本とそれに併走するデレジェ。最後の最後、意地でも前へと出ていった川内に、4年前はついていけなかった。スピードではデレジェが勝る。前へ出なければならなかった。意地でも、前に。

 中本にはスピードがないことは述べた通りだ。だからこそ、前へと出ていかなければいけない。そして39キロ手前。デレジェが根負けし、差がつき始める。表情を変えない中本は、前へ前へと歩を進めていく。きっと目の前には「ライバル」の影が見えていたに違いない。

 ライバルは何度も優勝の味を堪能してきた。中本にはなかった。「4年前に負けた悔しさを励みに頑張ってきた」と話す彼は、決して表情を変えることはない。ぼそぼそとした話し声ははっきりと発言するライバルとは対照的に映る。そんな彼が歯を食いしばり、一人旅となった最後のヴィクトリーロードを駆けて行く。

 最後、陸上競技場へと戻ってきた彼は、険しい表情を見せながらゴールへと迫る。そして、真っ先にゴールテープを切った瞬間、彼は右手で拳を作り上げ、小さく上へ掲げた。控え目な彼らしいゴールインだった。4年前に味わった悔しさを、別府大分という同じ舞台で返すことができたのかどうかは、分からない。だが、優勝の喜びを素直に味わっているようにも思えたのだ。

「優勝というのが目標だったので、素直にうれしいです」。無口な苦労人が話すと、重みも増すというものだ。

 さて、これからの世界陸上へと向けて、中本健太郎は当然代表選考に入ってくるだろう。優勝という結果を出した以上は入ってくるのは当たり前ではないだろうか。しかし、ここからは東京マラソンびわ湖毎日マラソンというIAAFゴールドラベルのレースが待っている。今回の別府大分はIAAFシルバーラベル。福岡国際マラソンなどと比較してもワンランクばかり落ちてしまうレースと言える。

 ゴールドラベルで中本以上のタイムを計測した走者がいたとすれば、当然のことながら優先順位は下がってしまう。特に東京マラソンは、毎年世界的な選手が多く集まるレースでもあり、全体的にレース展開もスピード感のあるものとなる。びわ湖毎日マラソンも終盤は厳しい向かい風に苛まれるとはいえ、昨年も佐々木悟と北島寿典はこのレースで結果を出したことで日本代表に選出された。

 中本のロンドン行きはまだ決定したわけでは無い。

 それでも、川内に触発された男が一人、また表舞台へと戻ってきたことは陸上競技界にも大きな刺激を与えることになるだろう。仮に選出されなかったとしても、今回彼が成し遂げた優勝という結果は、スピードランナーでなくても勝利することができるという一つの指針となるはずだ。これで世間一般のコメントから、アフリカとは違うからというのが言い訳でしか無くなった。きっと指導者も競技者も。やりやすくなってくることだろう。

 中本健太郎が破った殻は、これからの選考に大きな影響を与える。私はそう考えている。

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