殴るぞ

色々と思いっきり話します。

聖イケルよ、ありがとう

 チャビに拍手を、そして聖イケルに敬意を。二人の「旗頭」との別れは、あまりにも対照的であった。チャビは「クラブ以上の存在」と表現するFCバルセロナで、攻撃のタクトを振るい続けた。イケル・カシージャスは「白い巨人」と呼ばれたレアル・マドリーで、そのゴールを守り続けた男だった。いずれもチームにおける功労者だ。

 だが、前述のように両者の去り際はあまりにも対照的となってしまった。前者はイニエスタを始めとして、チーム関係者から感謝のビデオメッセージをプレゼントされた。感動的な退団会見に加えて、3冠達成というドラマティックなラストで締めくくることができたのはサッカーの神様が彼のことを称えたいのかと感じたほどだ。

 では後者はどうだっただろうか。確かに今シーズンのレアル・マドリーは、クラブワールドカップ以外での勝ち取った栄冠はなかった。しかし、それを差し引いてもあまりにも寂しい会見となってしまった。たった一人で会見に臨み、レアルへの愛を示しただけ。Twitterのフォローを即座に外し、フロンティーノ・ペレス会長は移籍が噂されるセルヒオ・ラモスに「牽制球」を送る始末。そこにカシージャスへの敬意は含まれていなかった。

 この一連の流れが、大きな議論を呼んでいることは言うまでもない。カシージャスの両親からもレアルに対する発言が怒りを帯びており、スペインの名門クラブへの風当たりはとても強くなっている。9歳から25年間、愛着を持って接してきたカシージャスとレアルの溝は言葉では言い表せないほど深くなってしまっているようだ。

 金銭面(代理人への報酬が支払われていなかったそうである)、ジョゼ・モウリーニョとの対立から生じた出場機会の消失。クラブへの不信は積もり積もって重なっていった。そして、それと比例するかのように能力は衰えていった。かつて銀河系軍団と呼ばれたメンバーの中で、ほぼ一人でゴールマウスを守り続けたGKは、それでも不平不満を言うことなくチームの勝利に貢献し続けた。常勝を約束されたチームの中で、彼はやるしかなかったのである。

 ただ、思い描いてみると、レアルというクラブはレジェンドと呼ばれる選手に対しての仕打ちは常々冷たいものがある。フェルナンド・イエーロやラウール・ゴンサレスといった選手に、移籍組ではクロード・マケレレもそうだった。クラブの勝利に貢献してきた選手たちの去り際はいつだってドライで、悲しい別れになる。守備的な選手は特にそうだ。もし、ラウールやイエーロがカシージャスと同じ時期に去ることになっていれば、世界中からの非難はよりひどいものとなっていたかもしれない。

 このクラブを紐解いていくにあたって大事なのは「勝利」というのが大義名分にあること。「優勝」こそが絶対で、2位は許されない。プロスポーツとしては至極当然のものであるこの命題に、面白いサッカーもしなければならないという難しさも裏には存在している。世界中にある名門のサッカークラブの中で、これだけストレスに晒されるクラブがほかに存在するだろうかと問うてみたくなるほどだ。

 フロンティーノ・ペレスはその筆頭格だ。幼い頃から白いユニフォームに憧れを持っていたこの男は「レアルこそ最強」と信じてやまない人物なのかもしれない。建設業で名を馳せたペレスは会長に就任すると、その思いをさらに暴走させる。元来からある資金力を元手にスター選手を獲得して、絶対に勝利するチームを作り上げたのだ。

 銀河系軍団を思い出して欲しい。ラウールにイエーロやマケレレという前述したメンバーはもちろん、フィーゴジダンロベルト・カルロス。とにかく世界的な選手を獲得して獲得して、そして獲得する。優れた下部組織など目にもくれず、チームバランスを崩してでもビッグネームを獲得した。類まれなる才能があったグティでさえ、ベンチだった。ビッグネームのオールスターチームとなった白い巨人はプレシーズンで親善試合を企画して、収益も得た。経営的には成功した。

 しかし、その都度現場は頭を悩ませることとなった。特にビセンテ・デル・ボスケの苦労は如何程だっただろう。穏やかで紳士的なデル・ボスケはチームバランスを崩さない為に頭を悩ませ、しかし結果を残すことができなくなってしまった。そして、現役時代から愛着のあったこのレアルを去る人物の一人となってしまった。

 同じことがバルセロナにも言える。近年「レアル化」が進んでいると言われているブラウグラナ。それでも、根本的なところにあるのは優れた下部組織の存在だ。多くの選手がバルセロナで育ち、トップチームで活躍して(あるいはジョルディ・アルバのように舞い戻ってきて)そして愛着を持ったまま去っていく。継続してあるクラブとしての軸が大きくぶれたことは、ほぼない。

 もしかすると、これがこのクラブの宿命なのかもしれない。衰えて使えない選手は不要。出ていくのであればどうぞご勝手に。勝利こそ絶対で、正しい。それに貢献できない選手など、いくら長くチームを支えてきた選手であろうと不要である。それこそがスタンスで、マドリーのサポーターも世界中のサポーターも。いつかはカシージャスのことを忘れて、勝利へと熱中するのだろう。

 これは、クリスティアーノ・ロナウドセルヒオ・ラモスハメス・ロドリゲスも。そして、これから移籍してくると噂になっているダビド・デ・ヘアも。いつかは自分もカシージャスのように冷たく扱われることを覚悟しなければいけないということだ。そのような扱いを良いとは思わない。だが、レアルは選手を駒のように扱うことで、チームを循環させてきた。ジダンのように大切に扱われる選手が例外であることを世界中に知らしめたのだ。それがレアルのサイクルで、それこそが絶対的に正しいのだろう。デ・ヘアは間違いなくレアルでも成功すると確信できるほどの能力はある。だが、その「恐怖」と戦う覚悟がデ・ヘアにあるかどうか。カシージャスの退団に至るまでのそれを目の当たりにした彼にはそのメンタルが問われているはずだ。

 だがしかし、それと今までの光り輝く功績に感謝しないのは違う。「なぜ、みんなイケルに感謝できないんだ」。嘆きの声を挙げたのは、チャビだった。ライバルであり、代表の戦友でもあったカシージャスへの思いがあったのだろう。ぼくはその意見に賛成だ。

 チャビはさらに続けた。ラファエル・ナダルという同胞のテニスプレーヤーも引き合いに出して「スペインという国は、アスリートへの敬意が足りないし、望んではいけないのかもしれない」と批判している。チャビも全盛期と比べると、アスリートとしてはもう衰えていると評しても差し支えないだろう。チャビは自分の境遇が恵まれているとも自覚していた。だからこそ、25年間も所属した功労者に対しての仕打ちに怒りを覚え、同じアスリートへの同情をそこに示したのかもしれない(ちなみに、ナダルの叔父はFCバルセロナで活躍したサッカー選手でもある)。人は悪い過去の方が、良い過去よりも思い出しやすい。そして、何よりも「今」に目を向けてしまいがちになる。

 2014FIFAワールドカップカシージャスはその神通力が衰えてしまったことを世界に示してしまった。しかし、主要国際大会3連覇という偉業は紛れもなくカシージャスが活躍したからこそ、成し遂げられたものでもある。それを忘れてはいけない。EURO2008で今まで公式戦で勝利したことのなかったイタリアに勝利した時、PK戦ではカシージャスが活躍しなければ勝利はなかった。アリエン・ロッベンの111を2度止めた2010FIFAワールドカップ。EURO2012でも彼のスーパーセーブがなければ連覇はなかっただろう。

 デシマを達成した際の守護神は誰だったのか。崩壊した守備陣の中でただ一人奮闘を続けたのは誰だったのか。その貢献度は歴代の選手と比較しても何ら遜色はないはずだ。アルフレッド・ディ・ステファノら、歴代の選手と比較してカシージャスのどこが劣っているだろうか。その功績に対しての仕打ちは、あまりにも冷酷すぎるのではないだろうか。いくらレアルというクラブを鑑みたとしても、涙しながら「表玄関」も通れずに「裏口」から出て行く姿は切なくなる。

 いずれにしても、この悲しい別れが取り消されることはない。カシージャスポルトガルで新たな道を模索することを選んだのだ。シャルケに移籍したラウールはその姿勢をチームメートに見せつけ続けた。内田篤人はそれに感化されて、今ではプレイヤーとしても素晴らしい選手となるに至っている。カシージャスはどうだろうか。彼も真面目で、ピッチ内に不要なトラブルを持ち込まない。トップ・オブ・トップを走り続けてきた存在である彼はまた、ラウールと同じようにプロとしてのその姿勢をチームメートに見せていくのかもしれない。FCポルトはCLを制覇しているとはいえ、ビッグクラブではない。しかし、バイエルン・ミュンヘンを苦しめた昨シーズンのように、決してポテンシャルが低いクラブではない。ジャクソン・マルティネスラダメル・ファルカオといったビッグネームはここから巣立っていったことは、よく知られている。そんなクラブから声がかかったのだから、カシージャスにとってこの移籍は決してマイナスにはならないはず。勝って当たり前だったところから、勝ち上がっていくという新しい挑戦に意欲的になるかもしれない。

 現にポルトのフレン・ロペテギ監督は「移籍を迷わなかった」と証言し、新しい一歩を踏み出すことへの意欲を大きくしているという。すでに彼は前を向いている。マドリードでの悲しい別れから一転して、ポルトという新しい冒険へ。カシージャスはすでに歩き出しているのだ。

「きっと君は英雄のように歓迎されるだろう。素晴らしいことだ」チャビはカシージャスの移籍をこのように評した。そして、「ポルトという新しいステージで幸運を」と、成功を祈っていた。アンダー世代からの仲だった二人は確かに、大きな絆で結ばれていた。だからこそ、チャビは決してカシージャスへの敬意を欠く事はなかった。共に大きな成功を得た者同士だからだろう。

 カシージャスとレアルとの接点はもう失くなるかもしれない。しかし、そこで刻んだ歴史が決して消え失せることはない。その偉大なレジェンドに敬意を払い、そしてポルトでの成功を心から祈る。

 聖イケルよ、ありがとう。