殴るぞ

色々と思いっきり話します。

ボクシングを楽しく見る方法 ~フロイド・メイウェザー・ジュニア vs マニー・パッキャオ 編~

 さて、極上のビッグマッチが終わり、様々な評価が飛んでいる。特に悪い評価がだ。「面白くない」、「素人向きではない」。ロンドン五輪金メダルの村田諒太は「メイウェザーだから許される試合」と評し、115-113という独自の採点も見せてメイウェザーの試合を批判するに至っている。

 しかし、彼の評論は聞くに値するものの、的外れであるとしか言いようがない。むしろ、ロンドン五輪の金メダリストを獲得した彼がその素晴らしさを論評していないのだとしたら。それは聞き手の能力がまるで無いか、村田のボクシングを見る目が無いかだろう。確かに素人受けし辛い、凡戦という内容で片付けているようではいささか寂しい。

 それだけ濃厚で、高い技術によって試合を構築されたことを知ることができれば。あなたのボクシング眼はより高められるのではないだろうか。それを説明するのがライターであり、それが仕事だ。何が素晴らしくすごいのか。それでは解説していこう。

① なぜパッキャオのパンチは回避され続けられたのか

 伏線はいくつかある。しかし、特筆すべき部分を挙げるとすれば。ディフェンスワーク、特にガード。決して正面から向き合わないで、「L字ガード」と呼ばれるガードで相手に向かい合う。正対しても確実に顔面は守る。顔面にクリーンヒットをすれば、それだけでもポイントを奪われて、打たれ弱いメイウェザーには致命的なのだ。だからこそ、当たる距離になっても意図的にパンチの角度をずらすボディワーク。パッキャオの雨のような高速連打さえも、角度を変えてすいすいと逃げたのはそういうわけだ。

 唯一効いたのは4ラウンドの左ストレート。踏み込みと角度、いずれも優れたいいパンチだった。それでさえ、連撃を塞いでみせたわけだ。そこで、意図的にクリンチを使った。苦し紛れのクリンチではなく、積極的に防御するためのクリンチ。意外に思えるが、パッキャオはショートレンジでの戦いを得意としていない。ミドルからロングレンジでの戦いを利する選手ともいえる。ゆえに、メイウェザーは意図的にショートレンジでの戦いに身を置いたのだ。被弾というリスクも伴うこの戦法ができるのはファン・マヌエル・マルケスだけ。それもかなり勇気のいる戦法だったのだから、恐れ入る。

 クリーンヒットを許さなかったのは、もちろんそれだけではない。ガードやボディワークだけでかわすことができるほど、パッキャオは甘くない。

② 多用した右ストレート

 なぜか。それにはパッキャオには鋭い踏み込みがあるからだ。では、どのような対策を取ればよいか。

 それはパッキャオより鋭いパンチを打ち込むこと。では、何をしたのだろうか。それは右ストレートだ。序盤、特にパッキャオが踏み込んで来ようとしたときに精確な右ストレートを打ち込んだのだ。軽めのジャブでは、パッキャオのプレスを弱まらせることができないと考えたのだろう。ジャブではなく、ダイレクトライトを多用することで、パッキャオは自分の踏み込みが読まれていると察知させることに成功させた。しかし、大きくクローズアップしたが、これだけ多用したのは序盤だけだった。それでいいのだ。「踏み込んで来たら右をもらう」と思わせるだけでも、積極的な踏み込みは弱まる。つまり、右ストレートは相手の踏み込みを弱らせるための「防御」の手法だったということになる。

 荒々しくけん制をするための「防御」の右ストレートとは、メイウェザーらしい発想だ。思わず唸ってしまった。

③ 左足の「向き」に注目。足元に見える踏み込み防止策

 とことん、リスクを回避するディフェンスは足元からも見て取れるのだ。パッキャオと正対しているとき、オーソドックススタイルのメイウェザーの前足、すなわち左足はパッキャオに向いていない。通常、力を伝える時のつま先は力を向ける先に向く。野球のピッチングを思い出してほしいのだが、投げる方向に向かって足を着地させる。

 以上から、いかに徹底してメイウェザーがディフェンスに重きを置いているかがわかる。踏み込みを許さず、仮に踏み込んだとしてもガードでパンチを徹底して弾く。もし入ってこようものなら、精確なパンチも兼ね備えているためうかつに入ることができないのだ。まったくつまらないという発言が的外れであるということに、お分かりいただけただろうか。これだけの技巧をメイウェザーは見せたのだ。しかも、下手なボクサーがまねしようとすると、かえって基礎を崩してしまう。これはメイウェザーだから許されるのではなく、メイウェザーだからこそできた技で勝利だったのだ。それを遂行できるフィジカルも併せ持っていたからこそ、できた勝利なのだから。

④ パッキャオとの差は、少しのように見えて圧倒的だった。

 クリーンヒットを許されなかった時点で、メイウェザーの勝利はほぼ確実といってよかった。4点差が2名と8点差が1名という結果は妥当だった。衰えと時間を差し引いたとしても、メイウェザーの勝利は揺るがなかっただろう。再戦の必要性すら感じない。

 確かにパッキャオのスタイルはファンの共感を呼びやすい。激しい打ち合いを好み、格闘技の原点ともいえるパワフルでエキサイティングな試合をするからだ。その点、リスクを冒そうとしないように見えるメイウェザーは、共感を呼びにくい。それでも、これだけの技巧を凝らした試合のほうが、かえってリスクを冒している。そうは思わないだろうか。

 そこには長年にわたる鍛錬によって織りなされる技こそが彼を支えていて、ぼくは山中慎介井上尚弥の試合よりも感動してしまったほどだった。そんな熟達した技を見ることができるのも、あと1試合。次の試合は誰になるのか、楽しみでならない。