殴るぞ

色々と思いっきり話します。

阿部勇樹「水を運び、飲む男」

 かつて、イビチャ・オシム氏は自身が指導した選手の中で一番好きな選手を水野晃樹と言ったことがあった。「日本人選手に持っていないものを持っていた。すべての場面でトライして、リスクも冒せていた」のだという。それは、彼が「水を飲める」選手であり、そして彼が「水を運ぶことができる」選手に将来的になり得るという直感があったからなのかもしれない。

 しかし、私は常に思う。一番好きな選手は水野であったとしても、シュワーボが日本に残した最高の選手は阿部勇樹ではないのかと。巻誠一郎や、山岸智羽生直剛と言ったジェフの選手たちは一つ間違えると、とても使いづらい選手であったにもかかわらず、輝きを放ったのはひとえにシュワーボの指導の賜物だろう。

 そして、阿部勇樹という一つの才能は「水を飲める」選手であったことから、始まる。

 阿部は、高精度なボールを蹴ることのできる攻撃的なプレイヤーだった。アベッカムと呼ばれるほどの右足は、当時チームにいたフリーキックの名手たちによってずっと隠れたままとなっていた。しかしシュワーボにより拾い上げられた才能は、ボランチでありながらも高い得点能力を持った選手としてその才能を昇華させていくこととなる。

 そして、阿部の最大の特徴である「ポリバレント」な能力を見出してくれたのも、シュワーボであったことを忘れてはいけない。意外と忘れられがちであると思うが、ポリバレントな能力というのはとても重要な能力なのである。それは後述しよう。そうして昇華されていった才能は、やがて彼が「水を運ぶ」選手にもなっていくことに繋がっていった。

 水を飲める選手は、ボールを持った時に特別な能力を発揮できる選手のことを指す。日本人で言えば、中村俊輔原口元気は紛れもなく「水を飲める」選手だろう。香川真司もその部類に入る。むしろ水を飲む選手ばかりで、誰が運ぶ選手となるのかさえ、分からないほど、今の日本サッカーには多くの飲む選手がいる。

 だからこそ、水を運ぶ選手は貴重なのだ。特に、今年の浦和は守備も徹底して鍛えてきたことはプレーからも分かる。攻守の切り替えを徹底し、相手にボールを運ばせないシーンというのは幾度も見てきた。もちろん遠藤航槙野智章を始めとする、非常に優れたCBがいること、西川周作という日本屈指のGKがいることが安心感を与えていることは言うまでもない。

 しかし、だからこそ阿部の存在が際立つ。コースを塞ぎ、相手が攻められなくなった場面でさえも次の展開を予測してフォローすることで、浦和の今シーズン1stおよび2ndステージ含めた失点数は28。この数字はリーグ最少であったことからも、いかに今年の浦和の守備が堅かったのかを示している。そこには何よりも阿部勇樹という水を運ぶ男が居たからに他ならない。

 本来ならば水を飲むプレーをすることもできる男であるにもかかわらず、自己主張の強くない彼は、ど派手に目立つ槙野や森脇らと一歩引いた距離に居ながらも、しかししっかりとチームをまとめ上げている。おそらくは、その役割も遠藤航に引き継がれる時が来るだろう。気がつけば阿部も35歳になった。どんな選手たちにもそうであるように、引退するときはいつかやってきてしまう。2006年のリーグ優勝から10年、浦和レッズがそれ以降で獲得したタイトルはわずかに2つ。年間1位という成績は確かに素晴らしい。しかし、浦和はまだルヴァンカップ以外に今シーズン、タイトルを獲得していないのだ。

 昨年はシーズン序盤に中々勝利できず、サポーターに涙ながらに「まず、1つずつ勝とう! 次は絶対に勝つから!」と訴えたこともあった。落ち着いたイメージもある彼だが、すごく涙もろく表情豊かなことで知られている。海外移籍したレスター・シティも、ユースから昇格したジェフも決して強豪ではなかった。浦和でも中々タイトルに恵まれなかった。だからこそ、「まだ何も決まっていない」という彼の言葉には、とても重みがある。

 一方、浦和が年間1位を獲得した今日、阿部に嬉しいであろうニュースが入ってきた。シュワーボが旭日小綬章を受章することとなったのだ。シュワーボは、かつての教え子たちに向けて、このように述べている。

「2人が頑張っていると聞いたので、それは指導者としてなのかと聞き返してしまったよ。それほど年月が過ぎても、まだ現役選手として頑張っているというのは、私にとっても何よりも喜ばしいことだ」

 もう一人は巻誠一郎に対してのもの。かつての教え子たちの奮闘を高く評価していた。

「今でも監督と呼んでしまう」という阿部は、未だに敬意を持っている。そんなシュワーボのためにも、ペトロヴィッチのためにもタイトルは最高の贈り物になるはずだ。

「ずっと見ているので、頑張ってほしい。君たちの友人、イビチャ・オシムより」

 シュワーボに最高の報告はできるか。クライマックスはもうすぐそこだ。

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