殴るぞ

色々と思いっきり話します。

長谷川穂積「A Fighting Man」

 その結末は、あまりにも突然だった。かつてWBAバンタム級暫定王者の獲得経験もある2階級制覇を達成した王者、ウーゴ・ルイスが棄権の意思を示してTKOとなったWBC世界スーパーバンタム級タイトルマッチ。新王者はもう、フレッシュな男とは言えない。長谷川穂積36歳。これでエメラルドグリーンのベルトを手にするのは3度目となる。IBF王者だったキコ・マルチネスとの対決から早くも2年。敗れて笑顔を見せたあの時、このまま彼は消えてしまってもおかしくなかったはずだ。フェルナンド・モンティエルに全て砕かれ、ジョニー・ゴンサレスに彼我の差を見せつけられても、彼は立ち上がってきた。

 何度倒されても立ちあがってきた「日本のエース」。奇跡と騒がれているが、残念なことに先ほど取り上げたウーゴ・ルイスという選手は長谷川が対決してきた王者の中で極めてランクが落ちる選手だったことについて、言及せねばならない。亀田興毅と対決したWBA王座統一戦では、パワフルな強打を見せることはしたものの、それ以外に見せられるものはなく6ラウンドには「スリップ」とジャッジされたダウンもあり、終盤はほぼほぼペースを握られて判定負け。スタミナもないうえに、鈍重。もし彼のこの試合が奇跡であると称されるのであれば、悲しいことにそれは長谷川に衰えがあると示しているのだとしか言いようがない。

 確かに、彼は衰えた。ウィラポン・ナコンルアンプロモーションから王座を獲ったとき。彼はまさしく波に乗っていた。衰えと、計量で200グラムオーバー(後にリミットまで落とす)という失態を犯した「デスマスク」を相手に持ち前のスピードで翻弄し続けた。中盤には捕まりかけるが、それでも終盤再び巻き返して王座を獲得した。そして、誰も打ち破れなかった牙城を崩した男は、そこからV10ロードが始めた。

 だが、それは長谷川が本来持っていたスタイリッシュなアウトボクシングを捨てるという重大な決断を下さなければならなくなった。パワーがなく、一発で倒すことのできない長谷川は、KOするために回転力の高さを活かしたスタイルに変更した。その好戦的なスタイルは、決して彼本来のスタイルでないのだ、と思う。しかし、多くのファンには魅力的に映った。お茶の間で見せる「恐妻家キャラ」も相まって、長谷川の人間臭さと家族思いな人柄もまた、人気者となる要因となっていた。

 そして彼は、11度目の防衛戦でフェルナンド・モンティエルというWBO王者と対峙する。当時のルールではWBO王者との対決は認められていなかった。対決する様なこととなれば引退届を出した上で、日本国外での開催というリスクを負わなければならなかった。これを王座統一戦に限った上での例外として初めて実現したものだった。しかし、4ラウンド2:59でのTKO。戦いに敗れた絶対王者は、WBO王者にWBCのベルトを明け渡すこととなった。それからファン・カルロス・ブルゴスとWBCフェザー級王者決定戦で対決して勝利し2階級制覇を達成するが、フェザー級のパワーに耐え切れずにジョニゴンに敗れることとなってしまった。2011年4月のことだ。

 それから、5年5か月。気がつけば長谷川は、もう36歳だ。諦めきれずに戦い続けた執念が、形となったのかもしれない。エメラルドグリーンのベルトとなって。

 世界王者から陥落したら引退する選手が多数を占める中、長谷川のように5年以上も現役を続ける選手というのは珍しいように思える。しかし得てきたものと比例して、失うものも多かった彼のキャリアはもう残り少ない。激闘のダメージが蓄積している今。彼に引退を勧める人は割と多いのではないだろうか。

 しかし、それは長谷川に失礼ではないかと思う。5年以上も待った3階級制覇という目標。ベルトへの想い。達成して彼の胸中だって揺れているのだから。

 もちろん、意見としては一理ある。私も引退をした方が彼のためになるとは思う。だが、その決断をするのは長谷川穂積であって、誰もその決断に対して口を出してはいけないのだ。当たり前の話にはなるけれど。

 それは実績を残してきた彼へのリスペクトでもあるし、その決断を邪魔することはキャリアへの侮辱につながると、私は考えているからだ。もし、彼がさらに進化していると実感していたとして、それに挑んでいるとしたら。私たちは彼を止められるだろうか。否、止めることはできない。

 衰えて、パンチドランカーになったとしても。彼が進化できる可能性を確信しているのなら、私たちは彼のことを止めるべきではない。そして、進むか引くかということを選ぶ権利をすでに、長谷川穂積は持ち合わせているのだ。

 それはかつてのライバルが示している。ウィラポンが王座陥落したのは36歳でのことだった。それから彼はヴィシー・マリンガへの世界王者挑戦を含めて、都合5年間現役選手として活躍した。ウィラポンのように40歳まで現役を続けることはほぼ不可能だろう。しかし、ウィラポンのようにボクシングを愛し、選手としての最期を選択する。長谷川にはそういう退き方をしてほしい。

 エメラルドグリーンのベルトが本当に似合う、西脇出身のやんちゃ小僧には人とは違ったピリオドを描いてほしい。それこそが最大の彼への敬意である。だからこそ、今はゆっくりと見守ろう。そう思うのだ。

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