殴るぞ

色々と思いっきり話します。

三浦隆司「上がる評価と残る不安」

 人生には三つの坂があるらしい。結婚式でよく使われるフレーズだろう。上り坂と下り坂、そして「まさか」。

 三浦隆司の王座陥落は本当にまさか、であった。相手が指名王者のフランシスコ・バルガスで、バルガス有利と言われていたのは間違いない。しかし、試合では押されながらも懸命にファイトしてダウンを奪うなど有利に試合を進めていたのだ。それにもかかわらずの衝撃の逆転負けに三浦も「寝ようとすると試合のことを考えてしまうので、ずっと起きていた」とコメントするほどだった。

 ギリェルモ・リゴンドウの再起戦が今一つ盛り上がらない中、セミファイナルのバルガス戦。タフな体を前面に押し出し、攻めて攻めまくるファイトスタイルを実行した。その試合で三浦には賞賛が集まっているのだ。アメリカケーブルテレビ局のHBOも再放送に三浦の試合を組み込むことを明言し、主催したプロモーター達が再戦を促す声も出ている。間違いなく、評価を高めたといっても過言ではないだろう。

 三浦がアクティブに海外へと出ることができるのには理由がある。帝拳ボクシングジムには絶対に負けてはいけないエースがいるためだ。山中慎介WBC世界バンタム級王者である。9月にアンセルモ・モレノに勝利し、ビック・ダルチニャンを強打を空転させた「ゴッド・レフト」と呼ばれる左の強打者だ。彼が負けることは許されず、興行的にも日本開催で収益を見込める。そう考えると山中を海外に出して負けると大変なことになる。まあ、軽量級そのものがアメリカではどうしてもイベントとして成り立ちにくいというのも理由ではあるのだが。

 一方で、三浦であれば試合枯れの心配は無い。スーパーフェザー級の層は比較的厚い。エイドリアン・ブローナーも、フロイド・メイウェザー・ジュニアも元々はスーパーフェザー級からやってきているわけだし、ライト級界隈の選手たちも多く集まるのでやろうと思えばすぐに試合を組むことは可能だ。

 おそらく本人が希望すれば、すぐにバルガスとの再戦は組まれるだろう。メーンイベントが大きなイベントだっただけに、三浦の価値も大きく向上させた。ボクシングにおいて最も大事な「商品価値」というものを手に入れたことは、今後の彼にとって大きなアドバンテージになるといえる。

 その一方で、三浦は致命的な弱点を露呈してしまったことも付け加えなければならない。それは三浦自身にある「雑さ」だ。破壊力ある左ストレートとタフな体を活かした好戦的なファイトスタイルは、確かに受け入れやすい。内山高志からダウンを奪ったのは実力が無ければできないことだ。その反面、三浦のボクシングには緻密さに欠ける。内山との試合では、仕留められるチャンスが大いにありながらも詰め切れなかった。次のラウンドからは立て直され、巧みにジャブで距離を取られた挙句、視界を奪われて戦意喪失。TKO負けを喫してしまった。

 つまり、三浦はパワーとタフさで押しこめる相手であれば、多少のラフファイトでも対応はできる。しかし、自分自身の実力以上にち密さを売りとする選手かパワーで押し込むファイターと戦った場合は相性が悪い。顕著に出たのが内山でそしてバルガス戦だったわけだ。そして、この数年で激闘を繰り広げてきたことによる「疲労」も気になる。

 彼がどんなにタフであろうとも、避けられないのはダメージの蓄積だ。パンチドランカーのようなボクサーにおいてもっとも怖い症状は、そういったところから発生する。三浦は激しく打ち合うことで、勝ち上がってきたハードなファイターである。それは生来のタフさによってもたらさせれてきた恩恵とも言える。しかし、34戦の激闘を積み重ねていく中で相当なダメージを負っているはずなのだ。激しいスタイルを今更いきなりモデルチェンジすることは、とてつもなく難しい。しかし、三浦が提示されたのは、勢いだけで押し込めなくなったときにどうするのか? という問題なのである。

 三浦の課題は雑なところだ。これは言うまでもない。しかし、その雑さが彼の特徴である「勢い」を作り出してきた。長所でもあり、短所でもあるこの特徴にどう向き合っていくのかは、三浦次第だ。チェンジオブペースをするもよし、あるいは丁寧に基礎からやり直すもよし。この敗戦と向き合って、彼がどう変わっていくのかにもよるだろう。

 あえて言えば、そういう弱点をすべて受け入れたうえで「変わらない」という選択肢もある。それよりも自分のいいところをとことん伸ばしていくというやり方である。現にそれで4度防衛しているのだから、スタイルや方向性が間違っているわけではないのだ。

 とすると、まずは彼が今まで蓄積してきた体のダメージを取り除く作業から始めなくてはいけない。短くても6か月、長くて1年。ゆっくりと休んで、また元気な姿を見せてほしい。相手を考えるなら、ブライアン・バスケスが面白い。