村山紘太の確かな成長
「俺はハードに練習してるぜ! 俺は寝ているときでも練習している。お前らが寝ているときでも俺は練習している。そしてお前たちが練習しているとき、当然俺は練習している」
5月に圧勝したフロイド・メイウェザー・ジュニアの格言だ。父兄弟三人がボクシング一家で才能に恵まれた彼でさえ、気の遠くなるような練習をしているというエピソードはあまりにも有名だ。そう、いつだって彼は本気。だからこそ、パッキャオの発言が負け惜しみに聞こえて仕方がなかったのかもしれない。
さて、今回の話をしよう。村山紘太、5000メートル走の全日本選手権制覇者である。宮城の明成高校時代から双子の兄・謙太と並んで有名な選手であった。大学に進学してからは、謙太は駅伝や長距離の種目で同学年のトップレベルをひた走り続けてきた。一方で、紘太は地道に力をつけることを選んだ。駅伝に出ても飛びぬけた成績を残したわけではなかった彼が、その力を開花させるようになったのは大学4年からだ。
日本選手権で2位に食い込むと、アジア大会への出場を掴み取る。中東勢と帰化選手が多くいる中で5位という入賞結果を手にしたことは大きかった。事実、2014年の紘太は「絶好調」だったからだ。箱根駅伝予選会では留学生を抑えて日本人の歴代タイム1位でゴール、箱根駅伝でも城西大学のシード獲得に大きく貢献した。
旭化成入社後も、いきなり自己ベストをたたき出して見せるなど、現役ランナーの中で今最も乗りに乗っている22歳。13分19秒62は大迫傑も抑えるほどで、これを超えるタイムをもっているのは佐藤悠基と竹澤健介くらいだろう。紘太には、彼らを抜く「義務」すら、今後は出てくるのだからこれは大変な期待である。
これは何も村山だけにいわれるわけではないが、民族(種族といったほうがいいのだろうか)の違いにより多くの活躍する陸上ランナーと日本人ではどうしても全体的に身体能力が違いすぎる。これは否めない。ウサイン・ボルトとわれわれではもって生まれたものはあまりにも違う。ビダン・カロキやチャールズ・ディランゴ、北京で金を取ったサムエル・ワンジル。多くの留学生選手にすら勝てなかった日本人が、である。日本の新記録が13分13秒20。前回の世界陸上で優勝したモハメド・ファラーは12分51秒。そのファラーでさえ、優勝タイムは13分26秒という結果に終わっているのだから、相当なプレッシャーにさいなまれることは想像がつく。そういう世界。大迫はその壁を一度味わった。佐藤悠基は活躍ができずに国内最強という立場に甘んじている。紘太はどうだろうか? 乗りに乗っているがゆえに、心が折れたときのショックも大きくなりそうな気がしてならないのだ。
その反面、何かやってくれそうな気がしないでもないのがまた彼のいいところでもある。勢いと気持ち。何より練習からいかに充実していたかがわかるこの数年間。今彼はそこに結果という形が出てきている。すべての歯車がうまくかみ合っている。そういうときに人はあっという間に成長していくものだ。「村山謙太の弟」だった紘太のそれは、「競技者」としての評価がぐんぐん伸びてきている。あどけない少年の顔から、あっという間に競技者としての選手の顔に。ぼくらは彼の成長していく瞬間を、目の当たりにしているのかもしれない。陸上競技で結果を残すことは確かに難しい。しかし、こういう成長していく瞬間を見ることができるから。ぼくらはいつだって、彼らに期待してしまうのかもしれない。