殴るぞ

色々と思いっきり話します。

大前元紀に抱いた、国立競技場での感動

 いい選手がいるからと言って優勝をすることができない。それは何もサッカーに限ったことではない。大谷翔平のいた花巻東が全国制覇を達成したことはない。アフリカ人留学生のいる山梨学院大学が近年、駅伝を制覇したことはない。たった一人すごい選手がいるからと言って、チームスポーツでは勝利することはない。

 だが、最後に物を言うのはやはりそこで輝く個人能力なのだ。遠藤保仁がいないガンバ大阪にあの組織的な攻撃を組み立てることができるだろうか。阿部慎之助がいない2012年の読売ジャイアンツが優勝を成し遂げることができただろうか。それと同じように大前元紀がいなければ、冬の国立を制することはできなかっただろう。

 小柄な体だがそれをカバーする俊敏性を持った大前は、卓越した決定力も持ち合わせていた。高校総体高円宮杯で得点王獲得。久場光、田口泰士比嘉祐介といったタレント軍団にも支えられたエースストライカーは大会初戦こそ、パートナーの上條宏晃が負傷退場となって久御山相手に苦戦を強いられたが勝利すると、攻撃陣が躍動。上條の代わりにパートナーを組むこととなった久場との連携にも何ら支障はない。だが、大前は準々決勝まででPKでしか得点を記録していない。そこからもどれだけマークが厳しかったのかが伺えるはずだ。しかし、準決勝と決勝の国立競技場では、むしろ今までが何だったのかと思わせるくらい得点を量産する。

 流通経済大学柏はこの大会、国立競技場では10得点を奪っているがその中で大前はなんと6得点。津工業との準決勝では4得点。得意のドリブル突破から先制点を奪うと、俊敏なプレースタイルを活かしてスペースに飛び込む動きでなんと4得点。左足でもゴールを奪えるキックの精度を見せつけたサッカーは印象的だった。そのまま彼は決勝の藤枝東相手にも2得点を決めて4-0と古豪を粉砕した。3大会得点王獲得は平山相太大迫勇也でさえ達成できなかった大記録である。

 そのポテンシャルは海外移籍という形でも証明されている。ドイツでは活躍できたとは言い難い。そもそも、彼が任されるべきポジションはストライカー。スピードとボールを扱うテクニックに騙されがちだが、本質的にはエリア内で冷静にシュートを沈めるスタイルなのだ。フリーキックも蹴ることができ、エリア内に自分でボールを運ぶこともできる。岡崎慎司にドリブルのテクニックが付いたものと考えればいいだろうか。誤解されがちであるが、アタッカーというポジションが本質のポジションでないように思える。

 とはいえ、チームの状況からウイングを任されてしまうことは致し方なかった。彼のスピードとキック力、ドリブルのテクニックと運動量は確かにウイングを任せたくなってしまうものだ。しかし、ポテンシャルとしてその能力をいかんなく発揮したかどうかは、ドイツでの実績と結果、そして日本代表の試合に出たかどうかで出てしまっているようにも見える。

 こんなもんじゃない。あの国立で見せた得点力が偽物だとは思うことがぼくはどうしてもできないのだ。もしかしたら、ぼく自身が彼の「幻想」に踊らされているのかもしれない。だが、それでもいい。学生スポーツとはファンが感動し、そして将来に期待をするためにあるのだから。そして、それはファンだけが持つことのできる特権だ。大前もまさにその感動をぼくにくれた選手であった。