殴るぞ

色々と思いっきり話します。

日本サッカーの最大の問題は「指導者に全てを投げてしまう」ことである

 まあ、Sportivaの杉山サンと浅田サンがどうだというわけでは無いが、ハイチとニュージーランドテストマッチは別にこの結果でもよかったのではないかとも思う気がする。だってワールドカップ関係ないし。テストマッチだけを切り取ってピーピーと騒ぐのは、かえって危険ではないだろうか。あ、そうだ。「騒ぐな危険。」のトークライブは10月16日。皆様の参加を心よりお待ちしております。

 本当に日本サッカーは何も無くなってしまったのだろうか。ハリルホジッチの怒りを理解できない人がいないのだろうか。と考えた時に、そんなことは無いと思う。ハリルホジッチが怒ったのは、Jリーグ全体に対してであり、日本サッカーそのものへの警鐘なのではないだろうか。

 おそらく、ハリルホジッチがやろうとしていることは「ヨーロッパの割と普通なサッカー」というだけであって、「結果の伴わない自分たちのサッカー」でないことだけは明らかだ。

 実際、なぜ「○○を呼べ」と言われて招集されないのか、されたとしても起用されないのか。いい加減に多くのサポーターも理解をし始めているのではないだろうか。つまりは、完全なガラパゴス化によって日本サッカーの育成が失敗に終わる未来が見えているからだ。そしてそれは、ハリルの責任でないことも、明らかになっているのだろう。

■「強いチームを作る」にはどうしたら良いのか

 これは料理を作るのとも共通しているだろう。まずは「どのようなチームにするのか?」である。料理で言えばカレーを作るか、肉じゃがを作るかである。チームもどのような強化方針を掲げてどうすれば良いのかを明確にする。そのためには当然ノウハウが必要になるし、常にそのノウハウをアップデートし続けることはとても大事なのだ。いくら良いマグロがあったとしても、そこから肉じゃがはできないのだから。

 続けて、「才能ある選手を獲得すること」これに尽きる。言い方は悪いが、才能の無い選手を獲得したり起用したりする理由はそこにない。ここで言う才能とは、肉じゃがを作るのにカレールーは必要ないということである。肉じゃがに必要なのは肉にジャガイモなどの食材なのだ。食材ならばはっきりしていて良いが、人間となるとそうもいかない。そのためにも正確にその才能を見極められる人が必要であるということはまず間違いない。

 そして、それに沿った有能な指導者が居なければならないということ。簡単に言えば料理をする人である。手際の良い人悪い人といるだろうが、肉じゃがをレシピ通りに作成できる人が居なければならないということ。それが手際よくなおかつ正確にできる人。サッカーとなるとその提示されているレシピが多数あるわけで、その中から最適なものを指導者が選択しなければならなくなるのだが。

 日本のサッカーには多く才能のある選手が増えていると思う。それは、草の根で頑張っていらっしゃる方々の成果なのかもしれないし、YouTubeなどでサッカー選手のプレースキル集が多くあるからなのかもしれない。ただ、致命的なのが一番最後の「有能な指導者」に「お任せ」でレシピを放り投げていることが何よりの原因ではないだろうか。

■つまりJリーグにはレシピが無い?

 否、レシピがないわけでは無いだろう。むしろ、指導者が研究し勉強する機会が圧倒的に少ないように感じる。これは結城康平くんも五百蔵さんとの対談で述べていることだが、ヨーロッパの指導者はとにかく良く勉強する。かつてユーゴスラビアにはサッカー専門の学部があり、指導者になる人間はそこでサッカーのコーチングや戦術について勉強をしたという話があるように。

 日本の場合はS級ライセンスを取ることは比較的容易なのではないか。私がかつてバイトしていたコンビニで先輩がC級ライセンスを持っていると話していたが、そんな感じなのだろう。どこかの評論家に至っては、それが飾りでしかないということを露呈してしまっている人も居るほどだ。

 若い頃から研究して現場に携わり成功したのではなく、多くのサッカーの文献を読み漁り試合を研究して分析し、その積み重ねでヨーロッパのトップレベルの監督へと登り詰めたのだ。ペップはただの天才指揮官では無くビエルサと話し込み、カペッロの守備戦術を吸収し、そして古くからあったサッカーの文献を読み漁ったという積み重ねで生まれたものなのだ。

 コーチはピッチに立ってプレーできない。だからこそ、その分を知識やノウハウを吸収することでしか選手に落とし込むことができないのだ。想像を絶するような努力と、勉強を重ねなければならない。それでいて成績が振るわなければ解任されるという世界なのだ。レシピが無いのではなく、レシピを勉強する機会がほぼほぼないまま経験と勘だけで料理していると言った感じだろうか。それで美味しいものができれば良いが、とてもではないが怖くて食べられない。

■「クリエイティブはゼロから生み出すことでは無い」に共感を覚えた

 私は縁あって文章の仕事につかせていただいているが、一から文章を作り出すという作業は相当な苦労を要する。だからこそ、まず行ったのは過去の文献を読むことだった。過去フォルダの中に眠っている文章や、それこそ誰も見向きもしないような文にまで。ゼロから生み出すことができないからこそだった。

 今でさえもそのアップデートを行っている最中だ。これが料理人であれば、自分の料理にどう落とし込むのかを研究して最終的に自分の物とするのだろう。現場監督をやっていた時代、最近の職人は良くノウハウやどうすれば良いかを言葉にしていた。それは、そうでなければ技術を伝えることができないことを分かったからだ。そして、本当に有能な職人ほど質問も多いことに気がつく。

 ノウハウを共有するということをやっていないのは、日本のスポーツ界における最大の問題ではないだろうか。そしてノウハウを持っている人ほどアップデートできる機会が圧倒的に少ない。

 サッカーは進化しているし、恐らくこれからもし続けることだろう。「自分たちのサッカー」にこだわった結果のガラパゴス化がたどる道は、端的に言えば日本代表の弱体化だ。同じような失敗を繰り返して、後に残るのは一体何だというのだろうか。

■お知らせ■

10/16にトークライブを行うことになりました。

20:00からで場所は阿佐ヶ谷駅から徒歩1分の「ろまんしゃ」というバーで行います。

喋る内容はミドル級について。月曜日という時間ではございますが、ぜひ足を運んでいただければ幸いです。

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