殴るぞ

色々と思いっきり話します。

江川と西本と父

 金曜日に発行される青年誌、スペリオールで多く読んでいる漫画の中でも注目している漫画がある。「江川と西本」。

 察しの良い方は分かるだろう。江川卓西本聖。彼らは、1980年代を支え続けた読売ジャイアンツの主戦投手だった。後に繋がる槙原・斎藤・桑田の三本柱にも負けずとも劣らないその存在感。しかし、彼ら二人はあまりにも対照的だった。

 江川は高校時代から注目され、法政大学でも大活躍。浮き上がるように威力のあるストレートと鋭く変化するカーブを武器に打者を翻弄した。3度のドラフトを経てまず「阪神」に入団する。その後トレードという形で巨人へと入団した。その経緯から「エガワる」という言葉が流行したが、その影響力は凄まじいものだった。

 一方で西本は「ドラフト外」の雑草育ち。当時のドラフト1位である、定岡正二にも隠れた言い方は悪いが日陰者の存在だった。だが、類まれなる努力でのし上がり、巨人の一軍に定着した。代名詞でもあるシュートを武器として、闘志むき出しで立ち向かう姿は多くの支持を集めたことだろう。そして、そんな二人は巨人軍でお互いライバルとしてしのぎを削り合っていたということも。

 その時私の父は、私と同じ年くらい。長嶋や王を生で感じ、原や中畑でやきもきしていた世代である。20代後半の父には、その時しのぎを削り合っていた江川や西本はどのように映っていたのだろうか。

 父は西本が好きだった。闘志をむき出しにし、相手へと立ち向かう姿は確かに共感を得やすい。江川も嫌いではないけれど、西本の方が気持ちが伝わってくるとは父の話だ。事実、江川が入団してからの西本は入団の経緯もあったからだろう、江川をとても意識し絶対に負けないという気持ちで試合に臨んでいたという。

 だが、江川は知らん顔。元々飄々としている人間ではあるが、西本のことをライバルとも考えずに居たのだという。しかし、事あるごとに江川と西本は比較された。沢村賞が不可解な形で落選したということから始まり、「地獄の伊東キャンプ」では西本と江川は絶対にペアから外されなかった。

 恐らく、当時の長嶋監督が江川と西本は絶対に競らせたいと思っていたからに他ならない。この二人が競り合うことで、巨人が更に強くなっていくということを確信していたからこそ。この地獄を乗り切った若手選手たちは後にとても結束力が強くなったというほどだったが、江川と西本は現役時代相容れることはなかった。

 ブルペンではキャッチャーが音を上げるまで投げ込んだ。試合になれば負けろ、とお互いに思った。お前なんか打たれてしまえと。皮肉なことにお互いが高めあったがゆえに、チームはリーグ優勝を2度記録した。その中心には定岡も含めた3本柱が居たからに他ならないだろう。

 お互いを激しく意識しているからこそ、江川も西本も決して油断することなく成長を続けていった。1980年で一度長嶋は監督を退任するが、後に藤田元司が監督になり、王貞治が監督になる中で、彼らはチームにとってなくてはならない存在であり続けたのだから。

 父に江川の印象を訊いてみると「なんか、あいつは大事な試合で打たれる気がする」、「気持ちが入っていない」。才能があるが故なのか、飄々としているように見える態度がそうさせるのか。江川に対しては良い印象がない。それどころか斎藤や槙原、そして桑田に至るまで「なんか頼りない」と思っていたらしい。思い出補正が強いのだろうが、それだけ江川と西本が強烈に印象強く残っていたのかもしれない。

 父はその頃サラリーマンとしてバリバリやっていた。何の縁かは知らないが、ずっとそれまで独身を通していた。母と結婚したのが今から30年前。奇しくも江川が引退した年だった。西本はそれから巨人を退団後も7年現役を続け、1994年に現役を退いた。

 その後は対照的な道を歩んでいく。江川は日本テレビの野球解説者やテレビでの活動に重きを置くようになる。2011年のシーズンオフにはヘッドコーチに復帰するかという噂もあったが、ユニフォームを脱いでからは一度も現場復帰が叶っていない。

 一方で西本は阪神タイガース千葉ロッテマリーンズオリックス・バファローズで投手コーチを務めた。古巣の巨人での投手コーチは未だ叶っていないものの、若手育成で一定の評価を得た。そんな二人も気がつけば還暦を越えた。思うと、父も今年で64になる。

 時間が流れるのは早い。今私が応援している選手たちも、いつかはユニフォームを脱ぐ。そして気がつくと還暦を迎えているのかもしれない。江川と西本はあの時真剣にライバルとして向き合ったからこそ、今深い仲で結ばれているのだろう。

 そんなライバルとの激しいしのぎの削り合いを生で見ることができた父は、間違いなく幸せだったのではないか。江川と西本と父。間違いなく、活気があった1980年代は彼らの世代を中心にして回っていたのだろうと思う。私も、そういう人間でありたい、そう思った。

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