【浦和レッズ】ガンバ大阪応援旗問題。浦和レッズだからこそできることとは。
ガンバのナチス旗が今物議を醸している。よくよく見てみると「スレッジ・ハンマー」という団体の旗なのだが、ナチス親衛隊の旗のデザインと酷似している。そして、それが過去5年近くに渡って放置されてきた。
明らかな改善も見られないような状態で、だ。
確かに日本とドイツでは事情が違う。ましてや日本人には現代に至るまでのヨーロッパの政治的思想と知識は、ない。しかしだ。明らかにこれはアウトである。DAZNという海外でも見ようと思えば見れるようなストリーミングがJリーグを席巻し、日本人だけでなく海外でも見ることができるようになっているのだから。
私たち人間は差別意識というのはあまりにも低いが、皆でドブへ突き落として、寄ってたかって叩くのが大得意である。亀田三兄弟や古くなると松永浩美、江川事件もそうだろう。いつだって人は「強いものの味方」なのだ。私などいい例じゃないか。山中のことを批判しようものなら、全員で批判する。え、誰も読んでないって? じゃあいいや。自意識過剰だったというだけのことである。
とにかくこれで、寄ってたかって「スレッジ・ハンマー」と呼ばれるメンバーや、ガンバ大阪の関係者だけを叩くのは極めて不健全だ。各クラブ関係者が自分事のように捉えなければいけないと思う。
何より我らが浦和レッズは、一度それでお咎めを受けているのだから。
我々はあの応援旗の事件を決して忘れてはいけないのである。チュンソンはそれに傷ついた。当時いたマルシオ・リシャルデスだって心中穏やかではなかったはずだから。世の中で一番悪いのは「そんなつもりじゃないのに、傷つけてしまうこと」だと思う。
恐らくはあの事件だって、今回の旗だって、悪意などどこにもなかったことだろう。だからこそ、一番タチが悪い。悪意なくとる行動に、人は一番腹を立てるし、何よりもそういう人たちは知らない間に大勢の人や物を傷つけているのだから。またきっと、同じことを繰り返すだろうから。
私の知り合いに、事情が有って連絡が取れなくなっている人がいた。その女性に対して、嘘八百を並べた共通の知人がいた。悪意なくそれをやっていたと思うと、怖い。
自分も不利益を被ったことはあったが、一番嫌なのは「悪意のない行動」だ。先日別の人から同じことをされて、積もり積もったものが一気に爆発して、その人と連絡を絶った。
話がそれたが、何を言いたいかというと、Jリーグはいよいよ成熟の時期に入ってきているということ。そして、何よりもそれに対して浦和レッズが率先してやっていこうよということだ。
サッカーとは誰のものでもない。プレイヤーや関わってくださるスポンサーさん、熱心に応援するサポーターの皆さん、そして我々のようなライトなファン。皆が皆、楽しむためにサッカーというものはある。悲しい事件を経験したからこそ、浦和レッズの人たちはその想いは強いものではないかと感じている。
自らが愛するクラブの旗さえ上げられず、それどころか誰もいないスタンドも経験した。負の経験だ。だからこそ、その経験は伝えていかなければならない。差別につながる可能性のある旗の持ち込み事前チェックや、その場でメッセージをつくらせないための荷物の持ち込み確認徹底。
特に東京オリンピックが近づいている中で、東京ドームさえ持ち込み確認がおざなりになっている。浦和が積極的にそういうことをやっていく姿勢を見せるだけでも、結果としてそれが浦和レッズというクラブを愛する人たちのためになるのではないだろうか。
クラブに管理されるのではなく、クラブと対話するというのもいいだろう。クラブスタッフだけでは限界があるところでも、サポーターさんたちの力を借りれば何とかなるかも知れない。
今、Jリーグにおいて悪意のない凶行を止めることができるのは、本当の意味で浦和だけではないかと思っている。なぜか。浦和というクラブは、サポーターとともに成長を遂げてきたクラブだからだ。「3年分負けた」と悔しがった時期もあった。「世界一悲しいVゴール」は今からもう18年も前だ。それでも、だからこそ、Jリーグ優勝の時には誰もが喜んだ。ACLの決勝で永井雄一郎のゴールに感動した。
そして、そこには常に日本一熱いサポーターがいた。レッズの歴史はサポーターと共に過ごした日々そのものだ。辛く痛い思いもしたが、その悔しさを乗り越えてきた。何かとサポーターの行動に目くじらを立てられてしまうのが浦和レッズだ。
だが、ガンバの行動や処分を不公平だと騒ぐのではなく、改めて自分たちも襟を正して毅然と行動していきたい。むしろ、負の歴史があったからこそ浦和レッズは優等生になれば良いじゃないか。
熱いからこそ、クラブのために行動できる。共に未来を作り上げる。それがレッズだ。
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