殴るぞ

色々と思いっきり話します。

矢島直弥「天高く、真っ直ぐに」

「大晦日のRIZINに出たい!」

 リング上でも取材でも。彼は声を大にして宣言してきた。RIZINにどうしても出たい。チャンピオンになった今だからこそ、チャンスなのだと。矢島直弥という男は、チャンピオンベルトを獲得した時以上に上へと目指して走り続けている。

「まさかここまで来られるとは思わなかったんですよ」

 国際展示場駅近くのコーヒーショップ、兄弟分と語る小川徹選手の試合前。いつも見せる激しい打ち合いとは打って変わって、その表情はとても穏やかだった。

「就活するかどうするかで悩んでいたんです。物は試しだと思ってプロの世界に飛び込んだので。でも、実際にリングに立ってみて歓声を浴びるとすごく気持ちよかったんです」

 元々は、好きな女の子に振り向いてもらいたくて始めたというキックボクシング。そんな彼は気がついたらプロになり、日本チャンピオンのベルトを二つも獲得した。周囲からの期待に応えていくうちに「裏切ることができなくなった(笑)」と話す彼が今、なぜRIZINにこだわるのだろうか。プロの格闘家としての譲れないこだわりと、想いを併せて聞いた。

■「全然RIZINに出るの、諦めてないんです」という言葉に裏付けされた向上心。

 10月9日、ディファ有明。矢島は山田航暉と対決した。相手は本場タイでムエタイを学んできた本格志向のムエタイ選手。東南アジアでは草ムエタイや村祭りの試合にも出場して実力を積み上げてきたという。

「10月と11月の試合、ここが大切なんです」と話していた矢島にとって、今まで築き上げてきたスタイルと勢いをぶつけるには絶好の相手だった。試合では火の出るようなパンチの連打を山田に浴びせる。2ラウンドではあわやダウンかと思わせる程の攻撃を浴びせ、圧倒的に優位に立ったように思えた。

 しかし、厳しい戦いに揉まれてきたのは何も矢島だけではなかった。そして、その老獪さの前に矢島は最後まで倒すことができないまま0-3で判定負け。大晦日の試合前へ向けて勝利という最大のアピールができずに、彼は悔しい敗戦を喫してしまった。

「『あー!』って思いました。蹴りもカットも、忘れていたから」

 後日、彼と話した時に零したのは試合での悔いのように思えた。それでも、多くの観客を喜ばせ、興奮するような戦いをした彼にも大きな拍手が送られていたことは事実であった。

「プロに入ってから、勝って負けての繰り返し。プロになって初めてですよ、3連勝したのは。ぼくのスタイルは前へ前へと行くから、いなされてしまうんです。自分にテクニックがないことは分かっているんです。でも、前へ出ていかないと面白くない。もっと、燃えたいんです」

 燃える。その言葉に彼の格闘家としての矜持を感じた。彼のファイトが惹きつけるのは熱いハートと強い相手を求める渇き。ギラギラした向上心なのだ。強い相手を求めていて、その相手に対しても全てを賭けるかのような熱い戦い。そんな姿に、誰もが共感するのだろう。

「でも、この前の試合で痛感したんですよ。首相撲も大事だなって」

 えっ、今更? と驚いた私に、矢島は苦笑いした。首相撲ムエタイにおいてとても重要な役割を持っているテクニックの一つ。ムエタイの試合の3分の2は占めるであろうと言われるとても大事な技である。

「パンチやキックには自信があるんです。だけれど、首相撲を覚えて戦えれば『俺、結構いいところまでいけるんじゃねえの?』って思うんですよ」

 すごく単純だが、そのまっすぐな言葉には思わず頷いてしまうしかなかった。あと1週間ほどでモノになるかどうかは正直わからない。贔屓目で見ても、厳しいかも知れない。しかし、これだけは言える。矢島直弥はあの試合に負けてもRIZINを諦めたわけではないのだということを。だからこそもっと強くなりたいのだ。矢島はひたすらに上を見続けている。

■「チャンピオンはみんなに何かを『与える』立場だと思うんです」

 矢島のスタイルは明確だ。派手に打ち合い、攻めるスタイル。そこには自らの覚悟も備わっていた。

「このスタイルで突き抜けていく。パワーとスピードで打ち合っていくスタイルは貫いていくつもりです」

 そのスタイルに確信を持てるようになったのは、意外にも今年の3月21日。隼也ウィラサクレックと対決したWPMF日本フライ級王者決定戦でのことだった。そして、一つの頂点に立ったことで、新たな目標が生まれたのだという。それがRIZINだった。

「去年の大晦日、見に行ったんですよRIZINを。すごく格好良かったんですよ。だから、ぼくもその舞台に立ちたいと強く思ったんです」

 今から15年前、間違いなく日本では格闘技が盛り上がっていた。K-1やPRIDEといった、ど派手で華やかで誰もが興奮するような世界がそこには広がっていたのだ。リングにはスターがいて、ドキドキやワクワクに満ちていた。矢島も私も、15年前はそんなドキドキやワクワクをテレビの画面を通して体感していた世代だった。

魔裟斗が好きで、良く見てましたよ。プロになる時も周囲の人から反対されたけれど、『絶対にまた格闘技の時代が来る!』と思っていましたからね」

 まさしくRIZINは、PRIDEの統括を行っていた高田延彦氏や榊原伸行氏が立ち上げに関わったイベント。骨太でド派手な格闘技の祭典が再び帰ってきたのだ。しかし、未だにメインはミルコ・クロコップエメリヤーエンコ・ヒョードルといったかつて活躍していた選手ばかり。

「自分、そこで目立ちたいんです」と矢島は話す。そこには彼が目立ってナンボであり、誰もが注目する舞台で「燃えたい」という強い意思をヒシヒシと感じた。

 そして、矢島の想いが言葉となって、走る。

「チャンピオンってみんなに何かを『与える』立場だと思うんです。今までぼくはいろんな人に求めて来た。みんなのおかげでチャンピオンになれたんです。だから、次はぼくが与える立場になりたい」

 その表情や言葉は、どこまでも真っ直ぐでピュアだった。そして、周りからの感謝で溢れていた。彼のスタイルは、嘘の付けないスタイルでもある。不意に、人柄とファイトスタイルが重なった。真っ直ぐでピュアで、嘘を付けない性格だからこそ、矢島は与える側になって多くの人に注目されたいと思うのかもしれない。

「そうすれば、スポンサーさんや、家族や仲間の力になることができるじゃないですか」

 と矢島は笑う。「それにね」と続ける。

「今『RIZINに出たい!』と手を挙げているキックボクサー、一人もいないんですよ。だから、ぼくが出れば目立てるじゃないですか。身体の大きな選手の中で軽量級のぼくが、一番目立てるチャンスなんです」

 このチャンスを逃したくない。矢島からは想いが伝わってきた。彼の戦いは人を引き寄せ、勇気づける。ギラギラした向上心が、真っ直ぐな性格が。自らのスタイルをさらに磨いてさらに上の世界へと押し上げようとしているのだろう。

■ふと零した言葉に、想うこと。

「なんでみんなはアピールしないんだろう?」

 矢島はふと言葉を零した。それは純粋な疑問だった。私は二つの可能性を提示した。一つは単純にやりたくないからか、自信がないから。もう一つはやってはいるけど、やり方が間違っているから。その言葉に矢島は「なるほど」と頷いた。その上で、私は思った。

 私が彼にできることは何だろう、と。恐らく彼は、日本で一番タフで激しく戦うファイターであろう。彼の熱量や引力は、会場中に火をつける。なぜなら、彼からもらったものが、余りにも多いからだ。

 昨年9月の隼也ウィラサクレック戦では一歩届かず、ドローに終わったWPMF日本フライ級タイトルマッチ。3月の再戦でも、テクニックやムエタイ選手としての完成度では、相手が明らかに上回っていたはずだ。しかし、そんな相手に彼は決してひるむことなく前へと進んでいった。

「終盤、一気にガーッと行けるようにトレーニングは積んでいますから」

 と豪語する彼は止まることを知らない。前へと出ていく彼に、私は一人の人間として大切なことを教えてもらった気がするのだ。決して諦めなければ道は開けるということを。

「思うんですよ、『人生って、思い通りになる』って」。そう言いきった彼の言葉が、ふと脳裏に浮かんだ。

 一人の物を書く人間として。大切なことを教えてくれた人に、何をしてあげられるのだろう。自問自答したとき、答えは一つしかなかった。

 矢島直弥の想いをこうして届けることこそ、私が彼にできる最大の恩返しのような気がしてならない。やり方が合っているかも分からないし、もっといい方法があるとも思う。だから、これからも私が彼のことを発信し続けようと決意した。それが今、私が彼に届けることができることではないだろうか、と。

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