殴るぞ

色々と思いっきり話します。

井上尚弥「初心忘れるべからず」

 ローマン・ゴンサレス対マックウィリアムズ・アローヨとの対決を見た次の夜。地上波で行われていたのは井上尚弥の試合だった。「チョコラティート」らしからぬ野性味を感じないボクシングを見て、果たして井上の勝算はと思ってテレビを付けた。そこには驚愕の光景が広がっていたのだ。

 決して負けていたわけでは無い。挑戦者であるデビッド・カルモナを褒めるべきなのだろうが、明らかに井上はボクシングが下手になっていた。両拳の負傷というアクシデントがあってパフォーマンスが低下していたことは要因の一つだろうが、L字ガードを使用するなど普段の井上とは何かが違っていた。かつて見た、オマール・ナルバエスやウォーズ・カツマタ戦での試合と明らかに違うそれ。正直に言えば、こんなことは自分が思うだけであってほしいと思った。

 井上尚弥はボクシングを舐め始めた。そして、私の中にあった疑念はペッチバンボーン・ゴーキャットジム戦でほぼほぼ確信に近いものとなっている。それでなければ、オマール・ナルバエス戦がピークだった。そういうことになるだろう。

 理由は多く分けて2つある。

 まず一つ目は、「L字ガードは井上尚弥のボクシングでは無い」ということだ。時折、日本人選手でもL字ガードと呼ばれるボディと自らの顎をガードするための特殊なガードを使用する選手が多い。亀海喜寛が使用したことで、日本人のボクシングファンにも馴染み深いものとなっているのではないだろうか。しかし、このガードは一歩間違えると攻防の分離を招きがちだ。相当な反射神経とガードを巧みに扱えるだけの頭脳がなければ、ただガードするだけになる無用の長物と化す。それは宮崎亮が田口良一に使用したことで大きく露呈することとなってしまったのではないだろうか。

 もちろん、井上の頭脳をもってすれば扱うことはそう難しくないかもしれない。それでもこう思うのだ。「それが井上のボクシングなのか?」ということだ。井上はそんな洒落たスタイルでは無く、基礎をしっかりと大事にするスタイルだったはず。それが、井上がボクシングを舐めていると考える理由、その一だ。

 二つ目は、故障の多さ。ハードパンチャーの宿命として書き立てられることの多い拳の故障だが、これは打ち方によって変えられるものであることも留意しなければならない。例えば、内山高志は確かに拳の負傷が多い選手ではあったものの、井上のように頻発していたという話はあまり聞かない。同じく左のハードパンチャーである三浦隆司や西岡利晃も同じく、拳の故障の話を聴いたことがない。つまり、打ち方やスタイルの変更によっては井上の故障も十分に回避することが可能と言える。相模原青陵高校時代に、果たしてそこまで故障していただろうか?

 フットワークときっちりとしたガード、正確なジャブを出しながら組み立てて、最後はきっちりと右ストレートで仕留める。それが井上のボクシングだったはず。井上が相手を圧倒しようとして見せるボクシングは決して井上尚弥のそれではない。それが、井上がボクシングを舐めている理由、その二だ。

 どこで狂ってしまったのだろうか。それは、過去のファイトを見ればなんとなく分かる気がする。オマール・ナルバエス戦である。

 ナルバエス戦の井上は素晴らしかった。良い意味で力が抜けていて相手をリスペクトする姿勢もあった。それもそのはず、ナルバエスの方が井上よりも明らかにキャリアと実績では上だったわけだから。しかし、そんなナルバエスをたった6分1秒で倒してしまった。圧巻だった。軽量級でノニト・ドナイレでさえ倒すことがままならなかった相手に対してKOでの圧勝。井上は間違いなく歴史に名を刻む王者になると確信したものだった。

 しかし、その「麻薬」に井上は酔いしれてしまった。ウォーズ・カツマタ戦ではそれがうまく行ったものの、カルモナ戦やペッチバンボーン戦ではそうはいかなかった。ボクシングにはいつだって相手がいる。しかし、井上が現在見ている世界には相手がいないように思えるのだ。それは対戦相手に対しても失礼である。

 負傷を抱えても勝利していて、それが連続してできてしまうのは明らかに慢心が招いているもの。それでも上手いこと自分を隠して勝利することができる。だがそれが、果たして井上尚弥のボクシングだろうか。いつだって自分の状況を鑑みながらも自らができるベストを尽くす。やってはいるだろうが、それが紛い物であるか本物であるかははっきりとわかる。それは同じジムの先輩を見ていれば明白だろう。

 おそらく、井上は将来的にローマン・ゴンサレスと対決する。その時に井上は勝利できるだろう。これは確信を持って言える。日本のボクシング史にも名前を刻むことができる選手となるだろう。これも確信を持って言える。だが、今のままではただその歴史に名を刻むだけで終わってしまう。井上はそこでとどまっていい選手では無い。

 その先へと進むために必要なのは休養だろう。本田明彦帝拳プロモーション会長は、来年の年末にゴンサレスと井上を対決させるプランがあるという。それも国内で。

 来年の年末かよ、と思う人もいるだろうが、個人的には賛成だ。乱れたボクシングを見つめ直し、初心に戻って相手をリスペクトする井上に戻るには十分な時間であると考えているからだ。

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