殴るぞ

色々と思いっきり話します。

応援という非日常的な中で

 パンクラス280がディファ有明で行われた。今回の興行はとてもエキサイティングな結果が多かった。第8試合から観戦していたが、タテキ・マツダ選手や松嶋こよみ選手の技術の高さに思わず唸ったかと思えば、メインイベントにあった久米鷹介選手の闘志溢れるファイトは大きな感動を呼んだ。

 その後行われたネオブラッド・トーナメントでは、若松佑弥選手の勢いを感じさせるファイトも強く印象に残ったことを記しておこう。総合格闘技として大きな位置を示しつつあるパンクラス。10月2日からは地上波も行われるようで、今後の格闘技という一つのエンタメへの復権にも期待がかかりそうだ。

 さて、そんな中でひっそりと。しかし確実に復活の勝鬨を挙げた男がいた。小川徹さん、彼である。彼の記事を最後に書いたのが1年も前であったという事実に、ひどく驚いたものだ。その間、彼は首の負傷に苦しみ、また起業を行うための活動にも忙殺されていたことをここに明記しておこう。しかし、試合はその鬱憤を晴らすかのような思い切りのいい内容。1年ぶりという試合に気合も入っていたのだろう、序盤こそ相手にペースを握られて終盤にはパンチをもらってしまう場面もあった。しかし、終始押し込み続けて見事に試合をひっくり返して判定勝利。今までになく集中した表情で臨んでいた徹さんは、再びベルトを目指して走り始めた。

 さて、そんな彼を支えていたのは、大きな応援団がいたからということは間違いないだろう。格闘家としての小川徹、ビジネスマンとしての小川徹。その誠実な姿に魅せられた人たちは、がらんとした会場に最後まで残り、声を張り上げていた。

「自分も応援する側に回ってみて、応援されるってありがたいなって。そう思いました」

 そう話したのは、WPMF日本フライ級王者で蹴拳フライ級王者の矢島直弥選手だった。直弥さんと徹さんは以前から親交があり、私も徹さんから直弥さんと知り合うことができた。この1年近く、徹さんは首の怪我で思うように練習ができないときでも直弥さんを応援し続けてきた。

 3月にタイトルを獲得した時には涙を流して、徹さんは喜んだ。その後も直弥さんの試合には1試合も休まずに足を運び続けていた。ともに仕事をする仲間として、そして同志として。最前線で応援していた徹さんを誰よりも応援していたのは、実は直弥さんだった。パンフレットをメガホン代わりに、身を乗り出して大きな声で。そして、その熱が伝播していったのだろう。

 会場内には最後まで「徹コール」が飛び交っていた。最終ラウンド、ビビりましたと言ったら「何言ってんのよ!」と興奮気味に話した彼は、帰り道に笑いながらも決意を固めていた。

「恥ずかしい試合できないですね」

 それは、自らを強く奮い立たせようとする決意にも見えた。

 伝播していく熱に、何故誰もが乗せられたのだろう。

 格闘技という一つのスポーツ。それもメインイベントでもなければ、タイトルマッチでもない。それでも最後の最後まで残り、徹さんの試合を待っていた人が、何人もいた。大幅に遅れた試合開始、応援団とスタッフしかいないんじゃないかと思わせるほどがらんとした会場。

 何故、みんな残って応援したのだろう。

 それは小川徹という人間が、応援したくなるほどの魅力に溢れているからに他ならない。

 共に働いた人たち、励ましてもらった人たち、キックボクシング教室の受講生、お仕事でのお客さん。そして、志を共にしてきた人たち。一人ひとりが想いを乗せて、彼を応援した。非日常の空間の中で、日常を共にする人たちが。

 だからこそ、最終ラウンドにパンチをもらっても立ち上がることができたのだろう。

 だからこそ、序盤の劣勢を跳ね返すことができたのだろう。

 彼は自分自身の不利な状況を、そうやって跳ね飛ばしてしまったのである。そしてそれは、チャンピオンベルトよりも大きな財産なのではないか。今までで一番良かった試合を振り返りながら、そんなことを思っている。

 そして今回、徹さんはそれ以上に重たい決意も持って試合をしていたことも忘れてはいけない。

 復帰戦、お父様の初観戦。そして秋葉尉頼さんの想い。チームメイトでもあった彼の事故死は徹さんにとっても辛く、重たいものだった。今までのどの試合よりもピリピリとしていたのは、いくつもの想いが積み重なっていたからなのだろう。

 そしてその熱に引っ張られた、日常を共有していた私たち。試合を通して、また小川徹を好きになる。非日常的な応援という行為を行うことによって、さらに。

「しょぼい試合をしてしまった」。徹さんからもらったメッセージには反省が込められていた。だが、だからといって彼が下を向いているわけではないということを明記しなければならない。

「もっともっと練習して上へ行きたい。最終的にはみんなで日本一を取りたいです」。

 そう、再びその挑戦をするための戦いが始まったばかりなのだということ。そして、またその日常が始まる。