殴るぞ

色々と思いっきり話します。

原口文仁「真っすぐに」

 真っすぐ線を引いたようなきれいな送球。それが、原口文仁選手に抱いた強い印象だった。帝京高校時代に、私は別の選手を目当てに試合を見に行ったのだが、たった一人だけとてもきれいな送球を見せていたのが当時の原口選手だったのだ。二塁にベースカバーへ入った選手のグラブにピタリと送球が届く。後にも先にも、あれだけの送球を見せた捕手は高校生では見たことがない。あれからもう7年になろうとしているとは思わなかった。当時はまだ大学生で、時間を持て余していたからこそできた高校野球の観戦。世代一番の捕手は、紛れもなく彼だったのだ。

 当時の帝京高校は伊藤拓郎投手や山崎康晃投手など、140キロを越える速球を投げる投手を5人も擁した投手王国。それらすべてを取り仕切っていたのは、捕手である原口選手だったのだから。

 言うまでもなく、阪神タイガースにはその強肩と高校生場慣れしたその対応力に目を付けられてドラフト指名されたに違いない。そしてその素質は、着実に開花していく。はずだったのだ。

 2012年に椎間板ヘルニアで戦線離脱をするまでは。

 思うように野球ができない日々、そして育成選手への降格。事実上、戦力としては期待されていないに等しいものと思われても、致し方ないものだった。復帰しても打撃練習中に骨折したり、3年連続で育成選手としての契約を結ばれたり。2軍で試合に出ていたとはいえ、中々認めてもらえない試練のシーズンを何度も過ごしていた。

 事実、私も原口選手がいわゆる「終わった選手」の一人であると認識していた。それでも原口選手は決して諦めてはいなかった。諦めきれるものでもないだろう。ケガしたまま、それを引きずったまま引退するなど悔しい以外の何物でもない。だからこそ、当時膝の負傷でリハビリをしていた城島健司さんに弟子入りを志願した。2010年のことだった。ホークスを2度の日本一に導き、なおかつWBC連覇の立役者となった「スーパーキャッチャー」は、高校時代強打も売りとしていた原口選手にとっては憧れの存在だったはずだ。

 事実、一軍に昇格してからの原口選手は城島さんに仕草もリードも良く似ているのだとか。積極的なリードと打撃で一軍を掴むと、目に見える結果を出した彼は一軍へと定着するための階段を着々と登っているように思える。事実、デビューしてから打率は5割を越えて、3試合連続完封勝利という記録まで打ち立てたからだ。阪神タイガースにとってみれば、長く待ち望んでいた生え抜き正捕手の台頭。彼の活躍が阪神の若手選手たちの大きな希望にもつながるのではないだろうか。

 とはいえ、プロも甘くない。一回りどころか、一週間もすれば対策を講じることなど容易だ。事実、先週打ったヒットは0本。チームも1勝2敗1分と今一つ。阪神にとって待望の扇の要候補は、素質を大きく示しながらも、一方で課題も大きく露呈しつつあるということだ。例えば打撃では、高めにめっぽう強く打率5割を示す一方で、ベルトから下の打率は.217。特に外のボール球の見極めが悪く、その弱点を狙われている可能性がある。

 リードは結果論ではあるものの、この一週間の防御率で言うのならば3.08と可もなく不可もなくといったところ。まだまだ未熟な部分もあるだろうが、一軍初体験の捕手としては求められるディフェンス能力はそれ相応にあると評しても良いのではないだろうか。元々はスローイングの能力を買われての入団、投手に応じたリードは高校時代から慣れっこだった。それを考えると、今の彼の守備面での活躍は何ら不思議ではないのかもしれない。

 また、彼の真面目な姿勢は高く評価されている。特にチームを預かる金本監督からは「トレーニングして体も鍛えて、バットも振って、捕手の仕事をして、試合前のミーティングではメモをしっかり取ってね。応援したくなる。そのひた向きさがね」と語るほど。だからこそ、打撃で失敗しても守備で失敗しても、ひたむきに頑張れば金本監督は決して見捨てないということにもつながる。

 超変革をスローガンとした今年の阪神タイガース。練習して練習して、多くの物を手にしてきた金本監督は、だからこそ若手に多くの期待を寄せている。原口選手は今年で25歳。若手、と呼ぶにはいささか年齢が行っているものの、捕手が固定されれば10年は安泰。ケガという失敗を積み重ねた彼にとって、試合に出られないという貴重な経験がどう生きるのか。真面目で真っすぐに野球に取り組む姿勢。

 だからこそ、城島健司さんを質問攻めにできたのだろうし、メッセンジャー選手が自分のことのように喜んだのだろう。そして、金本監督や掛布雅之二軍監督を始めとする首脳陣が見ていてくれていた。本当にか細い糸のような希望を捨てずに這い上がって来たからこそ、原口選手には価値がある。これからも、その真っすぐな姿勢を貫いてほしいと私は思うのだ。7年前に見た二塁送球のように真っすぐ、きれいなままで。

Twitterはこちらから。

Facebookページはこちらから。