殴るぞ

色々と思いっきり話します。

トミー・ジョン手術の本質と目的

 ダルビッシュ有投手がトミー・ジョン手術から復帰後にいきなり160キロ近い速球を投じていることで話題となっている。近年、増加しているトミー・ジョン手術。特にピッチャーは肘への負担がものすごく、靱帯損傷というリスクを背負って投げる商売だ。そのため、成功率の上昇とともに投手の競技パフォーマンスが大幅に向上していると言えるのではないだろうか。

 日本では村田兆治さんが肘にメスを入れたことで有名だが、彼の成功例も日本では大きなものとなっている。高校時代から酷使が多く、若い選手たちの夢を途絶えさせてしまうリスクが大きい高校野球でも、手術と術後のリハビリテーションの技術向上はとても良いことではないだろうか。

 しかし、あくまでも手術と名の付くもの。病気や外傷に対し、皮膚あるいは粘膜を切り開いて行われる外科治療行為にしか過ぎないのだ。つまり、靱帯が断裂しているか、あるいはそれと同等のトラブルを抱えている人が手術をするという前提に立たなければならない。アメリカのアマチュア選手たちの中には「トミー・ジョン手術を行えば球速が向上する」ということで安易に受けるケースもあるそうだが、そんな魔法のような方法はどこにも存在しない。

 では、なぜそのような俗説が信じられるようになったのだろうか。事実、手術を受ける前後で球速が平均にして3キロから4キロほど向上したデータが存在する。平均球速が4キロ速くなるだけでも、ピッチングの質はまた変わってくるというもの。投球の幅も大きく広がるに違いない。手術を受けただけでそんなにパフォーマンスが向上するなら、皆が皆受けたいに違いないだろう。

 しかし、当然リスクもある。1年以上の期間、実戦レベルでの投球はできなくなるということだ。ダルビッシュ投手もそうであったが、村田兆治さんは2年間も治療に時間を費やしたのだ。2年間も投球ができないとなると、当然のことながらじっくりと身体を鍛え上げることができる。全身をしっかりとケアして、更にバージョンアップをすることが可能なのだ。ダルビッシュ投手もTwitterで「一番の要因はトレーニング」と言っているように、徹底してトレーニングを行ったからこそ、160キロ近いボールを投じることができるようになったというわけだ。つまり、肘を手術したら球速アップにつながるという理論は途轍もなく頓珍漢な論理であるということがわかる。

 人間はロボットではない。一部の部品を交換したところで同じように動くはずがないし、むしろ却って動きが悪くなるリスクだってある。アスリートにとって故障というのは避けなければならないもの。徹底したケアをしていたとしても結果としてなってしまうものでなければならない。中には先天的に頑丈な人物もいるが、それでも長く続けている人がケアを怠ったという話を聞いたことがない。

 果たして安易に人体改造を施すような手術を行うような人が、トップアスリートになど上り詰められると思うだろうか? ある意味手の込んだ質の悪いドーピングと一緒ではないだろうか。圧倒的なパフォーマンスが向上されるのと引き換えに、人体に大きな副作用を与えてしまう。

 かつてニューヨーク・タイムズ紙のコラムに「高校球児がクリスマスのプレゼントに、トミー・ジョン手術をねだる日が来る」とまで投稿され、一時は「魔法の特効薬」ともてはやされたこともあったという。そんな日が来たら大変だ。スポーツとは「サイボーグ」が行うものだろうか? 否「人間」が行うものだ。人間が行うからこそ、ドラマがあり感動がある。安易な手術の選択は、スポーツ界そのものを危機に導きかねない。

 この話を聴いたとき、抗認知症薬を使用することで記憶力の向上を試みた受験生の話を思い出した。つまり、対症療法としての治療方法から本来の目的を明らかに逸脱した方法へと変化していっている。何かがおかしくなっている。だが、それを誰もわかっていない。本来の目的を誰も見ようとはしないからだ。

 同じような形でいうならしばしば話がくる「儲け話」も同じだろう。お金と時間が手に入ると聞いていたにもかかわらず、そこに至るまでには相当の金と時間を消費する。副業感覚ではできないとそれを投げてしまう。だからこそ本質を見なければならない。いつだってそれは甘いものではない。それならば、身体をしっかりとケアして日々コツコツとパフォーマンス向上に励むことがどれだけ健全で、安全なことか。

 ダルビッシュ投手は本質を理解していた。その上で手術というリスクを受け入れたのだ。世の中そんな甘くはないことを、彼は教えてくれた。それに向き合って努力を重ねる者こそが真のアスリートであると、ここで定義づけよう。

 もっとも、人間そう意思の強い人ばかりではない。だから安易な方向に逃げてしまうのも分かる。だからこそ、トップアスリートは尊敬を集めるのだ。そんなアスリートを、私はこれからも追いかけていきたい。

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