殴るぞ

色々と思いっきり話します。

ジョゼップ・グアルディオラ「血も涙もない天才」

 タイムアップの笛が鳴り響き、歓喜の輪が出来上がったのはアトレティコ・マドリーのイレブン。そしてそれはサッカーの天才がキャリアを通して味わった重大な敗北の一つであるということを意味していた。ジョゼップ・グアルディオラ・イ・サラは3大会連続でバイエルン・ミュンヘンUEFAチャンピオンズリーグにおいて決勝まで導くことはできなかった。

 天才・ペップが作り出す世界はまるで私たちには想像しえないほど魅力的に映り、そして攻撃的だった。しかし、それらはち密なディティールの上に成立し、ありとあらゆる可能性とその対策を徹底して講じたうえで成り立つ「数学的産物」であることを明記しなければならないだろう。

 つまり、ペップとはサッカー界が生み出した「ノーベル賞級の」数学的知識を持った指導者であるということもここから導き出せるということだ。大変繊細な人物で、何よりも組織を重んじる彼は、それを軸にするあまりバイエルン・ミュンヘンというクラブに大きな軋轢をもたらしてしまったことは言うまでもなかった。

 数学的で、かつ他人には想像しえない戦術を開発する男には血も涙もない、と。その結果からペップとのこの3シーズンは果たして成功だったのかどうかという評価さえも生まれてきていることは素直に受け止めなければならないだろう。

 特に38年間もの間、メディカルスタッフとして働いてきたハンス=ウィヘルムス・ミュラー=ヴォールファルトを辞職させ、医学的見地から見ても明らかに再発する可能性があると再三の忠告を振り切ってまで強行出場させた選手がいたということだそうだ。真実までは良く分からないものの、ペップは「こうだ」と決めたらのめり込んでしまう性格で、そのために必要なエッセンスは綿密な計算の上に成り立っている。ペップにはおそらく「早く治らない」ということへの理由を明らかに理解できなかったか十分に説明が足りなかったのではないだろうか。

 なぜならペップは、チーム内のスタッフに自分と同等の仕事量を要求し、詳細なレポートの提出や徹底したサポート業務を行わせ、選手たちにはプロフェッショナルであることを常に要求する。チームのためにプレーできない選手はズラタン・イブラヒモヴィッチのように容赦なく放出するし、ボージャン・クルキッチのようにそのことへの恨みを持たれてしまうことも多くあった。それでもペップは自らの信念を貫き通し、最後まで執念深く勝利を追い求め続けてきた。その先に自らが理想とするサッカーがあると信じ続けながら。

 だからこそ、ペップがバイエルンに就任したことは失敗だったという評価は一切同意することはできないのだ。国内のリーグ戦で4連覇寸前(最初の優勝はレジェンドであるユップ・ハインケスの功績ではあるが)のところまで来ている監督を、就任に失敗したと言われた監督を私は未だ聞いたことがないからである。

 いや、前言を撤回しよう。唯一、私はその監督を知っている。名前をルイス・ファン・ハール。前回、シメオネの記事でも紹介したエキセントリックな指導者である。当代きっての戦術家でありながらも、その振る舞いによって未だに正当な評価を得ているとは言い難いオランダ人指揮官は、恐らくはオールド・トラッフォードを今年の夏に出ていくこととなるであろう。

 多くの国のクラブで指揮を執っても、徴用するのはオランダ人ばかり。しかし、とにかく結果を出すがゆえに多くのファンは文句すら言えない。だからこそ、結果が伴わなければすぐに追い出されてしまう。チームをガラリと変えるにはうってつけの人材だろうが、恐らくはその強大なパーソナリティの前に誰もついていけず多くの選手たちと軋轢を生んでしまった。2シーズンのみしかいなかったバイエルンでも、その当時から主力選手であったフランク・リベリーからは「ファン・ハールのときは生きる喜びなんてかけらもなかった」などと表現されてしまうのだから、相当であろう。

 クライフの弟子筋に当たるペップは、バルサ時代に怪我でチームにいる期間は長くなかったにも関わらず、ファン・ハールと良好な関係を築いていたことでも知られている(ちなみに、ファン・ハールとクライフは不仲であったというのも有名である)。何よりも、指導者となることを勧めたのは他ならぬファン・ハールだったのだ。バルサというエレガントなサッカーをするチームにおいて、チームに対しての犠牲心を払えない人物は一番の「敵」だった。だからこそ、ペップの振る舞いに「血も涙もない」と言われてしまったのであろう。

 不幸なことにペップが正当な評価を受けないのは前任者のハインケスがトレブルという、バイエルンにおいて輝かしいタイトルを獲得してしまったことにあるのではないだろうか。それにより、ペップの実績が評価されないというのはおかしな話ではないだろうか。

 それと並行して事実だけに沿って批判をすることは避けなければならない。メディアに対して多くを語らない彼だけに、事実だけに頼るしかないというのが実情ではあるのだが。

 もちろん、FCバルセロナで積み上げてきたそれに比べると、見劣りしてしまうのは否定はしない。だからこそペップも「バイエルンでCL優勝を成し遂げたかった」と漏らしたのだろう。決して負けることに耐えられない男はシーズンの終わりと共にミュンヘンからマンチェスターへと旅立つ。

 唯一無二の天才が、マンチェスターを舞台にしてどんなサッカーを見せてくれるのか。天才による新たなサッカーの創造と、成功を心から祈っている。

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