殴るぞ

色々と思いっきり話します。

矢島直弥「Hyper Music」

 まるで全盛期の山本“KID”徳郁選手が乗り移ったかのようだった。殴られても殴り返す。ポイントなんぞ関係ないと言わんばかりに。会場中から聞こえるそのコールに答えるような、激しいラッシュ。明らかに「狩り」に来ている。矢島直弥選手の最終ラウンドだ。すさまじい集中力と、殺気。やられてもそれ以上にやりかえすその姿は、積み重ねてきた試合によって裏付けられていたものだったのかもしれない。

 私と矢島選手は知人からの紹介で知り合い、同級生であることもあり、何度か親交を深めている。明るく礼儀正しい彼は、何よりも応援する人たちからの想いも忘れない義理堅い人物でもある。ここではあえて「直弥さん」と呼ぶことにしたいのは、彼への敬意であることをここに記しておきたい。

 タフで激しい戦いぶりは、前回の隼也ウィラサクレック選手との対決から変わらない。失礼ながら技術や駆け引きという部分で、前回も隼也選手が上回っていたことを否定することはできないだろう。

 9月に行われたWPMF日本フライ級タイトルを賭けた試合では、押し切るだけの闘志と勢いを見せることができなかったのかドローという結果に終わった。再戦となった3月21日には技術で勝る隼也選手を相手に勢いと手数で押し切る。直弥さんは僅差の判定で勝利を収め、見事に初タイトルを手にすることとなったのだ。

 そして今回。2ヶ月弱という期間を置いてになるが、次の試合も別団体のタイトルマッチ。

「今年は獲れるものをすべて取ると、決めているんですよ」

 直弥さんには大きな野望がある。それは、年末の大舞台である格闘技イベントRIZINに出場することだ。K-1やPRIDEに代わる新たな格闘技のイベント。近年は内山高志選手や井上尚弥選手らがボクシングを行い、その話題をさらってきた。多くの人が見る地上波という大きな環境の中で「面白いと思える試合をする」ことが彼の目標なのだという。

 今が旬とも言える直弥さんは、まさしくその道へと大きく近づく重要な試合でもあったのだ。一戦必勝。今以上に集中力とプレッシャーとに戦わなければならない。穏やかながらも胸に秘めたグツグツと煮立った闘志が、節々に感じさせる。

 そして試合で、爆発した。

 今回の相手であったアトム手塚選手も決して弱い選手ではない。ただし、前回は手数で勝りながらも判定負け。今回の試合に賭けていた物と想いは直弥さんに負けていな勝ったと感じている。

 そうでなければ、いきなり連打で直弥さんに挑んでくるということはなかったはずだ。しかし、幸か不幸かそれが矢島直弥を戦闘モードへと切り替えさせてしまったのは痛恨の極みだろう。回転力を活かした連打が、アトム選手にダメージを着実に与える。やられてもそれ以上に攻め込めばいい。勢いに乗っている今を象徴する様な、激しい攻めで1ラウンドからいきなりダウンを奪う。そして、それがこの試合の全てでもあった。

 うまいムエタイをしていたかと言われると、決してそうでもないと思う。しかし、ひいき目無しで観客にときめきを与えるようなムエタイをしていたのは、直弥さんだったのではないだろうか。私事になるが、最近もやもやとしていたことが多くあった。そんなものすらも吹き飛ばしてしまうような爽快感が、彼にはあった。

 そしてそれを観客が認めた時、大きな引力が生まれる。それが「ヤジマ」コールだったことは言うまでもない。5月1日ディファ有明で生まれたその引力は、彼が類まれなる何かを持っていることを示唆するものではないだろうか。

 全盛期のKID選手と比較したのは、勢いに乗ったら止められなくなるそのファイトスタイルに起因する。全盛期のKID選手は火がついたら誰にも止められなくなる「勢い」が特徴の一つ。そしてそれこそが彼が持っていた最大の長所でもあった。

 恐れを知らないそのスタイルに誰もが興奮し、酔いしれた。直弥さんからはそんな全盛期のKID選手に近い雰囲気を感じる。ガードを下げてナジーム・ハメドのように挑発して見せたり(これを指摘した際に苦笑いされたことは印象的だった)、かかってこいとばかりに胸を叩いてみせたり。前回の試合が大きな自信になっていることが随所に見られた。そうでなければ、あそこまで押し込むことはできなかったのではないだろうか。

 今、まさしく矢島直弥は波に乗っている。本当に彼が目標にしたRIZINという大きな舞台が、そしてその先へと続いていく未来が。直弥さんが成し遂げたいと思っているものすべて。それが手に届くような。

 今年の年末、間違いなく矢島直弥の名前をテレビでリング上で聴くこととなるだろう。もしできるなら、私はその試合を最前線で見ていたい。帰る前、挨拶をと思い握手をした時、心の中からそう思うことができた。そして、豊洲駅までの帰り道に鳴り響いた救急車のサイレンを見て、できれば私の親しい人にそういうことが起きてほしくはないかなとふいに感じたのだった。

Twitterはこちらから。

Facebookページはこちらから。