殴るぞ

色々と思いっきり話します。

服部弾馬「Speed King」

 驚異的なラストスパートは、突然やってきた。残り200メートルを切った時だった。留学生二人と高校の同級生、一色恭志くんと形成されたトップ集団を一気に引きちぎる。まるでそこから100メートル走でも始めるかのごとく、猛然とダッシュを始めたのだ。突然のスパートに驚く留学生と一色くん。しかしその差は縮まることなく、レースは決したのだった。こうして、服部弾馬くんは日本インカレの5000メートル走を制覇したのである。

 お兄さんの勇馬くんがロードに強いマラソン型と考えれば、弾馬くんはスピードを生かすことのできるトラック競技に向いている。1500メートル走でも東洋大学記録を更新したトラックシーズン。ロードに出ても順調さを伺わせ、全日本駅伝では東洋大学初の優勝に貢献した。そう、順調だったのだ。箱根駅伝を除いては。

 3区区間3位。秋山雄飛くん、中谷圭佑くんが上回ったとはいえ、普通に考えれば好走である。しかし、問題だったのは秋山くんが青山学院大学で、中谷くんは駒澤大学のランナーだったということ。東洋大学としては、3区を過ぎてトップに立つという策略だったはずだが、結果として青山学院大学の独走を許し、酒井監督をして「力負け」と零す結果になってしまったのだった。

 全日本では快調だった彼が、なぜ箱根では結果が出せなかったのか。理由は色々と考えられる。箱根駅伝区間の数と距離が圧倒的に長くなる特殊な大会で、ハーフマラソンを走れるだけの体力とそれ相応のペース配分が求められる。当然、スピードやレースへの勘も重要な要素だ。他にも体調やコンディション管理、気温。特に今大会は温暖な気温の中で行われた大会だった。それを考えると、いつもと違う感覚に狂わされた部分は大きかったのではないだろうか。

 当然、調整に失敗した彼にも責任はあるだろうが、この区間配置は酒井監督の唯一の采配ミスであったようにも見える。個人的には1区で弾馬くん、3区口町くんであるならばまだわからなかったかもしれない。あるいは、弾馬くんを意図的に区間から外して復路で逆転という計算でもありだったはずだと思う。と言っても、これは結果論であって酒井監督や弾馬くんを責めているわけではもちろんない。

 しかしあえて言うなら、弾馬くんにはあの日本インカレで見せたような「強さ」が、ある意味で不足していたのではないだろうか。事実、その1年前には駒澤大学のランナーで同級生の西山雄介くんに競り負けてしまっている。どうしても競り合いでの弱さを見せてしまっているような気がしてならない。

 さて、そんな彼も今年で4年生になる。最高学年となる彼は、誰よりもチームを引っ張らなければならない立場にある。お兄さんの勇馬くん同様、多くの実戦を積んできた選手であるし、何よりも東洋大学の「エース」となる存在は彼をおいていないからだ。意外なことに、そういう状況に弾馬くんが置かれるのは初めてだと思う。

 愛知の豊川高校に転校する前から、同学年に留学生がいて一色くんという安定感抜群のエースがいた。弾馬くんがのびのびと走れる環境はある意味整っていたのだ。何より、1学年先輩としてお兄さんがいたことが大きいのではなかったか。しかし一色くんは青山学院大学へ進学し、お兄さんは今年卒業した。知名度・実績・強さ。彼以外にチームを引っ張ることのできる選手がいるだろうか。彼こそが絶対的なエースにならなければ、恐らく東洋大学は再び青学に後塵を拝すこととなるだろう。自覚がないとは言わない。しかし、その強大な存在感と姿勢は、時としてチームに勢いを与えて爆発力をもたらすこともあるのだ。

 村山紘太選手をご存知だろうか。10000メートル走日本新記録保持者の選手である。彼は、大学4年でアジア大会に出場して5000メートル走日本代表選手として5位に入賞経験がある。その勢いそのままに、彼はロードレースでも自慢のスピードを十分に発揮する。特に、全日本駅伝では双子の兄・謙太選手と並んで走り、中継所までのデッドヒートを演じた。また、箱根駅伝でも2区で登場して区間2位。シード獲得がデッドラインだったチームはそれに乗ってシード権を獲得したのだ。

 正直に言えば、まさか城西大学がシードに入ると思わなかった。それは大きな驚きでありまた、いかにエースが強い存在でいることが大事なのかということも教えてくれた。紘太選手は驚異的なスピードを武器とするランナーだ。弾馬くんと似通っているところもあるのではないだろうか。彼がエースであるという気迫を前面に出して走ったとき、チームは劇的に変わる。そうすれば、チームは劇的に変わるだろう。そして、彼もまたトラック競技という分野において世界を制するランナーへと変貌を遂げるような気がしてならない。

 1年弱という期間は短くも長くもできる。きっと服部弾馬くんであれば、その期間を成長に充てられることはできるはずだ。