殴るぞ

色々と思いっきり話します。

桜木ジェイアールが未だ日本最高峰の戦術である理由

 友人に誘われて、バスケの天皇杯準決勝を見てきた。非常に熱気があふれていて、もっとスポーツニュースに取り上げてもいいのではと思うほどの熱戦に私もエキサイトした。しかし、未だ日本バスケットボール界が越えることのできない壁があることもひどく痛感したのである。桜木ジェイアール。アメリカからやってきた頭脳派プレーヤーにして、アイシンの象徴。

 その立ち居振る舞いはさながら、コート上にいるヘッドコーチのよう。ボールを持つと、ゆっくりと時間を使いながら何をするべきかを考える。必要ならばパスを出し、体勢が悪ければ押し込む。シュートを打てると思えば、選択する。ボール片手に指示を飛ばす場面もあるほどだ。ポジションはフォワードかセンターなのだろうが、フォワードの割にはアグレッシブに攻め込まないし、センターと呼ぶにはいささか線が細い。それでも格段に判断能力が高いジェイアールはフィジカルではなく、頭脳でチームそのものを掌握してしまっている。

 元々はUCLAを卒業し、NBAにもドラフト指名された有望選手だった。本名をミルトン・ヘンダーソン・ジュニアという。しかし、NBAには彼よりも身体能力に長けた選手がごまんといた。だからこそ、頭脳的なプレーを身に付ける必要性があった。結果として、アメリカでバスケを続けることは叶わず、フランス・ベネズエラと転々とする。

 アイシンに流れ着いたのは2001年になってからのこと。「ファイブ」というノンフィクション小説の時期と重なる。スター選手・佐古賢一らと共に、アイシンを強豪チームへと引き上げていった。ジェイアールが加入してから獲得したタイトルは15個にも及び、強大な存在であることも伺わせる。後に日本へ帰化し、日本代表になる。そして彼はヘンダーソンから桜木ジェイアールとなった。

 そんなアイシンの強みは「アイシン色」だ。そしてそれを作り上げているのが鈴木貴美一ヘッドコーチであり、ジェイアールである。佐古賢一に始まり、柏木真介、橋本竜馬という優れたガードがいる。彼らが力を発揮したのも、やることが明確になっているための結果ではないだろうか。

 なぜなら、ジェイアールには優れたパス能力もある上に、24秒の使い方が非常に巧いからだ。状況が不利ならばさっさと捨てる。そしてスクリーンプレーにも長ける。ガードがボールを運ぶ際にも、マークをさらりと邪魔するさりげなさもあれば、自分で持って攻め上がる時もある。身体能力は衰えているかもしれないが、バスケの老獪さは増している印象だ。

 この試合、田中大貴などの奮闘が目立ったトヨタ。しかし、アイシンと比較して落ち着きのない展開が目立った。それはチームとして発展途上なのかもしれない。どことなくボールを運ぶときに慌てて運んでいるような場面も見受けられた。もちろん、ジェイアールにある強大な存在感と整備された戦いぶりにはまだ及ばないのだろう。しかし今シーズン、トヨタは公式戦でアイシンに2戦2勝している相手だ。それだけ老獪さと、勝負どころでの高い集中力。佐古賢一と鈴木ヘッドコーチによって作り上げられたアイシンのバスケは、桜木ジェイアールという強大な存在によって熟成され、そして未だ日本最高峰の戦術として君臨し続けている。

 幸か不幸か日本にやってくる助っ人外国人選手で、ここまでバスケに対して知力をもったプレーヤーがいなかったからなのだろう。おそらくパワーでいえば、チームメートのアイザック・バッツのほうが数段上。スピードだけなら五十嵐圭も優れているはず。インテリジェントでは田臥勇太だって負けてはいないのではないだろうか。しかし、ジェイアールはすべて持っている。フィジカルも頭脳も。つまり、両方を併せ持っているジェイアールが未だに最高峰の戦術であり続ける理由はそれだ。

 最近では、アメリカの大学へと行く日本人選手も増えてきた。もしかしたら、まだまだこの戦術を越えるチームと人物は存在しないのだろう。いつかは八村塁くんが、渡邊雄太くんが越えていくはずだが。その時がもう来てもおかしくない年齢になりながら、桜木ジェイアールは今日もコートに立ち続ける。ガードの選手が一本と指を出している横で、ゆっくりと歩く。ボールを持つと、チームメートが動き出す時間を作り出す。23得点にアシスト4、そしてリバウンドは11。アシスト以外はチーム2位。攻守において未だに欠かせない存在であることを、数字も示している。

 その立ち居振る舞いと存在感は、レジェンドと称されるにふさわしい。コートを去ってもきっと、彼はアイシンから離れずにコーチをしているのだろう。いや、そうであってほしい。そして私は、まだまだ彼のプレーを見続けて追い続けていきたいと感じた試合であった。