殴るぞ

色々と思いっきり話します。

馬場翔大の失速から感じた、小野裕幸という幸運の成功例

 神野、5区区間新記録樹立。まるで楽しんでいるかのように賭けて行く姿は、本当に山の神童と呼んでも差し支えない振る舞いであった。おそらくは復路でも順位を落とさずに優勝することだろう。一方で、駒澤の馬場には辛いレースとなってしまった。神野のハイペースについていけず、結果として低体温症と脱水症状に陥り最後は意識朦朧となってゴールイン。順位も下げてしまうということになった。

 だが、序盤は決して悪いレースをしているわけではなかった。むしろ、区間2位で走るなど途中まで健闘していたのだから。しかし、人間とはわからないものだ。神野がすごすぎた結果、オーバーペースになってしまって自分のリズムが狂ってしまった結果だった。良くも悪くも神野の走りによって引き起こされてしまったアクシデントでもあったとも言える。

 実は、山の区間で動けなくなり棄権してしまった選手も多くいる。864mまで登り、異常なほど体力を使う。そして、日差しと気温のダブルパンチ。ほかの選手もリズムが狂ってしまってもおかしくない。それも、前年以上の期待を持たれるとなおさらだ。だが、幸福なことに馬場にはまだリベンジのチャンスがある。それは何よりも幸運なことではないだろうか。

 小野裕幸はその幸運に恵まれたといってもいい選手だった。駅伝の名門校、順天堂大学今井正人が走った5区の後継者として期待されていた小野。前大会では2区区間12位と期待されながらも応えられないまま総合優勝を経験した。そして、その今井が卒業後に走ることになった次の大会では当然ながら期待は大きかっただろう。

 しかし、チームが予想以上に状態が悪くスタートしてしまった。4区を終えた時点で総合18位。小田原中継所で小野が襷をつなぐ。実は、この時の小野も決して悪い走りをしていたわけではなかった。むしろ小涌園までは区間3位相当で走るなど、歯車がかみ合わなかったチームの中で健闘を見せたといってもいい走りであったのだ。そう、今回の馬場とシチュエーションがよく似ているのだ。そして、残り500メートル。悲劇が起きた。

 低血糖状態と脱水症状、低体温によって小野のペースがみるみる落ちていく。そして、動けなくなってしまう。それでもどうにか立ち上がって走ろうと試みるが、うまくいかない。座り込んでしまった彼には残酷な結果が待っていた。棄権。前年度総合優勝を達成した、順天堂大学が、である。7区ではエースの松岡佑起が待っていて、一つ歯車がかみ合えば最低でもシード権は獲得できたチームだった。前年度優勝校が棄権したのは大会史上2回目でもあった。

「大変なことをしてしまった」。彼は後にそう語ったそうだ。無理もない。今井正人の後というプレッシャー、チームが出遅れたという責任の重大さ。当時21だった彼にはどれだけのものがストレスとしてかかっていたことだろう。

 その次のシーズン、彼は主将に就任する。元々力がある選手だけに、チームを引っ張っていくことは自然のことだったのだろう。再び走った区間は5区。前大会棄権した区間を走ることは前代未聞のことであった。小野らしい、まじめで責任感あふれる選択をしたものだ。そして、その借りをきっちりと返すレースをする。全体通して低調であったこの年の順天堂大学。記念大会であったことも受けて辛うじて予選を通過したものの、ランナーたちもほとんど低調な結果に終始する。しかし小野は、山の中で意地を見せて区間2位で走り切ったのだ。ちなみにこの年の区間賞は柏原竜二。先輩・今井正人が出した記録をあっさりと打ち破って往路優勝を達成した大会でもあった。

 だから、扱いは確かに小さいものとなってしまったのだろう。しかし、小野は3年に味わった箱根の屈辱を箱根で返すことができたのだ。少なくとも、個人としては。たった一度しかなかったチャンスを、小野はものにすることができたのだ。ちなみに今回の成績で照らし合わせると(あくまで参考として、であるが)区間4位にも相当する好走だったということも、付け加えておこう。

 その後小野は日清食品グループに入社し、ルーキーにしてニューイヤー駅伝のアンカーを任される。地元の前橋を区間賞の好走で走り抜けて、初優勝に貢献した。現在でも日清食品グループの現役ランナーとして活躍中だ。今年のニューイヤー駅伝でもその雄姿を見せてくれた。さあ、馬場はどうする。馬場も今年は3年生。小野のように5区で味わった屈辱を5区で返すのか。それとも別の区間で返すのか。ぼくはどちらでも構わないと思っている。

 ただ来年、いい笑顔で駅伝を走っている君の姿を見ることができることをぼくは心から祈っている。君の最後の大学陸上のシーズンが最高のシーズンと呼べるものでありますように。