殴るぞ

色々と思いっきり話します。

鎧坂哲哉に感じた「ボルト並みの強さ」

 戦後最多優勝を誇る駅伝の名門学校といえば、世羅高校である。90年代には低迷した時期こそあったものの、留学生を起用し始めてから再び息を吹き返してきた広島の県立校だ。近年は、留学生がいる学校が強い風潮もあり、特にビタン・カロキやチャールズ・ディランゴを擁した世羅やサムエル・ワンジルを擁した仙台育英などの学校がほぼ覇権を握っていたといっても過言ではない。むしろ、純粋な日本人選手だけのチームが優勝することはあるにはあっても、ぶっちぎって優勝したチームは2008年の佐久長聖くらいではないだろうか。

 ぼくは別に留学生が走ってはいけないというルールを作りたいわけではない。むしろ大賛成だ。能力の高い選手がほかの選手を相乗効果で引き上げてくれるというのであればという前提が必要ではあるのだが。日大はギタウ・ダニエルで失敗し、仙台育英は留学生がいなければ入賞もできなかっただろう。そして、世羅は出てきた。鎧坂哲哉が。

 後に明治大学でエースとして活躍することとなる彼の活躍によって「外国人だのみ」の世羅駅伝は一変、古豪の座を取り戻す大きな一歩を踏み出すこととなった。3年時には高校生5000メートル走ランキング1位を獲得、そんな彼が選んだ大学が明治だったのだ。今でこそ明治は優勝候補の一角に挙げられるほどの強さになったが、当時はシード権を獲得することすらままならない常連校として知られていたのだ。

 しかし、明治は鎧坂の活躍もありシードの常連校へとのし上がっていくこととなる。結果、鎧坂の活躍によって上位校の常連となった明治。個人記録でも鎧坂は結果を残すこととなったのだ。10000メートル走の学生記録の更新。学生でオリンピックにも出場した竹澤健介の記録を抜いて鎧坂が記録を更新したのだから、文字通り学生最強のランナーとして名を馳せたのだ。

 その鎧坂を支えたものはなんだろうか。それは自分の走りを体現出来るだけの精神的な強さにあると思う。彼が箱根で区間賞とったことはない。だが、それ以上にチームにいると安心感を与える強さ。決して競り合いでも負けないという気迫。おそらくそれが30年以上優勝していなかった世羅という学校を選ばせ、43年間もシードを取ることができなかった明治という大学を選ばせたのだろう。逆境に強いと言い換えてもいいかもしれない。

 駅伝で大事なのは強さと表現される。速いだけの選手ではいけないのだ。むしろ「強さ」、鎧坂に言い換えるならば精神面の強さ。例えば、北京オリンピック決勝という大きな舞台で、最後両手を広げて胸を叩いてゴールしたボルトのような。試合終了5秒前に逆転となるジャンプシュートを打てるマイケル・ジョーダンのような強さ。体現できずに引退を決意した選手は何人もいる。鎧坂はそれだけの強さを持ったポテンシャルが備わっているように思えるのだ。

 きっと、旭化成を次の戦いの場に選んだのはそれがあるからなのだろう。旭化成は近年、日清食品グループコニカミノルタのような勢いが感じられない。時々堀端宏行の名前を聞くくらいではないだろうか。思うと、鎧坂の陸上人生はいつもそうだった。逆境に身を置き、そこでチームを引き上げていく活躍をする。むしろ逆境に身を置くことこそが快感であるかのように。

 人生は色々だ。エリート集団でやることがベストの選手だっているし、そうでない選手もいる。鎧坂は? と聞かれたとき。あえて逆境に身を置く熱い男なのだと思う。そして、それを跳ね除けることができる本当に強いランナーなのだと。