白鵬翔が私に教えてくれたこと
改めて、世の中には分からない事がいっぱいある。スポーツだけでも、ものすごくある。
田沢純一が日本のプロ野球で2年間プレーできないと言う訳の分からない禁則事項や、「日本のマイケル・バッファー」冨樫光明氏がフリーライターの片岡亮氏と結託して嘘八百を書き立て、亀田一家を貶めようとした理由。西岡利晃がなぜノニト・ドナイレとWBO王座を争えたのか。
そして、横綱の品格。
私は一度、白鵬翔ことムンフバティーン・ダワージャルガルの事が嫌いになった。あれだけ素晴らしい横綱だった男が、どうして自ら嫌われる道へと進んだのか分からなかったからだ。
その認識は私の友人でもある「幕下相撲の知られざる世界」の管理人でもあるニシオカツヒロ氏が詳しく書いているところだ。彼の文にもひどく共感するものがあったので、今回書かせて頂く事とした。
◆「あなたに求めているのはそれじゃない!」という勝手なエゴ。
思うと、かつてその反対に居た朝青龍はどこまでも自由奔放で、やりたい放題やっていたし、千代の富士だってステロイドをはじめとする黒いうわさは絶えなかった。北の富士に至っては本場所の休場中にハワイへサーフィンに出かけていた。
ちなみに母は、今も北の富士の解説が大嫌いなのだ。大相撲中継を付けると「お前が偉そうなことを言うな!」とひどく怒るのだ。きっとやりたい放題やっていた北の富士の事が好きになれなかったのだろう。
話を元に戻そう。白鵬はかつて、それはそれは品行方正な力士であった。彼がいなければ、大相撲と言う日本の国技は、今頃消えてなくなっていたかもしれない程だ。先頭に立ち、横綱として大相撲の顔として。彼は堂々と大相撲の顔で居なければならなかったのだ。
時代は移り変わった。日馬富士と鶴竜というモンゴル人横綱は、我々よりも相当な努力を積んで白鵬と同じ立場となった。それでも、白鵬は勝ちに拘った。その姿勢はいささか理解できないものが多かった。自らの衰えによる焦りもあったのだろうか。だが、かつて見てきた白鵬とははるか遠い所へと行こうとする彼の姿に理解を示す事が出来なかった。
それが私自身のエゴであるということに気が付かされたのは、ついこの間の事である。
◆「人は変わる」。白鵬が教えてくれた大切な事
だが、ようやく。彼がそこまでして勝ちに拘ろうとしてきた理由が分かりかけてきた。至ってシンプルな理由だったのだ。15歳にして故郷を捨て日本へとやってきたダワージャルガル少年の父親はモンゴルの英雄、ジグジドゥ・ムンフバト。オリンピックのメダリストだったのだから。
父を超える為、そして遠い日本という地で己を証明するためには、勝つしかなかった。日本に来ても誰も欲しがらなかったダワージャルガル少年は、日本語も分からずに「帰りたくない」と泣きじゃくった。誰も期待していなかった。だからこそ、彼にとって大事な事は勝つ事だったのだろう。
そして、白鵬はもうたった一人で大相撲の看板を背負う必要も無くなった。それが、稀勢の里と言う存在だ。彼が日本人として17年ぶりに横綱となった時に一つの時代がようやく終わりを告げた。
「4横綱」の時代へ。確かに稀勢の里や鶴竜が休場した事は残念だ。だが、大相撲初場所千秋楽結びの一番で見せた稀勢の里との取り組みは、きっと彼が残り少ない力士人生で見せてくれた新たな相撲の未来だろう。
人は変わる。横綱としての「在り方」もやがては変わっていくものだ。白鵬に教えて頂いた気分になった。
◆1050勝。日本国籍の取得。まだまだ白鵬は横綱であり続ける。
大相撲の通算勝利数の記録を塗り替え、日本国籍を取得する決意をした白鵬。朝青龍のようにモンゴルへ帰る選択肢だってあったはずだった。だが、それを敢えて選ばなかった。どちらが良いか悪いか、ではなくその判断は白鵬だからこそ、だったのかもしれないと思う。自分には相撲しかないと、モンゴルに帰ると言う選択肢を自らで断ったのだから。
勝利を求め、おそらく白鵬は少なくとも3年は土俵に立つ事だろう。その姿はかつて「もう限界」と言われていた一人のアスリートと重なる。つい先日行われたウィンブルドンを制覇したロジャー・フェデラーだ。
生涯グランドスラムを達成したテニス史上最高の選手は、肉体の衰えと相次ぐ故障から、限界なのかと思われていた。だが、フェデラーは完璧な形でテニスのトップ戦線へと戻ってきた。そして、全豪オープンとウィンブルドンで優勝を果たしたことは記憶に新しい。ライバルのラファエル・ナダルも同じく全仏を制したのだから、驚きしかない訳だが。
だからこそ、稀勢の里は白鵬のこの優勝に「自分もまだやれる」。そう、感じ取ってほしい。年齢にして1つしか違わない横綱が未だ健在であると言う事に。また、初場所の時のような心躍る一番を。やっぱり、主役は白鵬だけでは寂しいではないか。
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