殴るぞ

色々と思いっきり話します。

バーナード・ホプキンスがロッキー・バルボアになった日 ―ボクシングおじさん―

 ボクシング界、いや格闘技には常に悪役が付き物である。ここでは、ボクシングだけにフォーカスを当ててみよう。フロイド・メイウェザー・ジュニアやエイドリアン・ブローナーは「問題児」たる、正しくスーパーヒールである。

 メイウェザーは存在感が違いすぎる。あれだけ嫌われても、誰も彼に勝利できない。ヒールはとことん強くなければならない。バーナード・ハンフリー・ホプキンス・ジュニア。通称『B-HOP』と呼ばれた男は、まさしくボクシング界が生み出した最上級の悪党だった。メイウェザーに勝るとも劣らない防御勘の良さを持ちながら、時には老獪にそして的確に試合を進める。まさしく、ボクシングを知り尽くした男とでも言えば良いだろうか。

 ホプキンスの印象を聞かれると二つに分かれる。「汚い選手」か「戦略家」。パンチの後に飛んでくる頭。バッティングすら厭わない姿勢を「汚い」と見る目も多い。実際に、レスリングで培ったホールディング行為すれすれとなる行為に出ることもある。試合前の登場では常にブーイングが止まないことでも有名だ。

 その一方で類まれなる戦略家という一面もある。特に評価を上げたのはフェリックス・トリニダードとオスカー・デ・ラ・ホーヤとの対決だろう。当時スーパースターと呼ばれたトリニダードをタクティカルかつテクニカルに圧倒。トリニダードの好きにさせない狡猾な戦術を見せたことで、当時のボクシングファンに驚かれたのだという。

 デ・ラ・ホーヤ戦では当時評価が急落していたWBO王者を相手に、ボディで悶絶させるTKO勝利を収めた。キャリアのハイライトともいえるこの試合で、名を高めたことは言うまでもない。また、そのような戦いを経ることでドン・キングという悪名高い男からも解き放たれてその実力に見合った名声を得ることができるようになった。

 元々、ミドル級という層の厚い階級ではセルヒオ・マルチネスやウィリアム・ジョッピーといった名王者も多い。ホプキンスはジョッピーを始め、強打のロバート・アレン、スーパーウェルター級で3団体統一王者だったロナルド・ライト、アマチュアエリートだったケリー・パブリク。全盛期だったロイ・ジョーンズ・ジュニアとも対決したこともあった(ジョーンズとの試合は判定負けに終わっている)。

 ジャーメイン・テイラーに敗れた後も世界の強豪と戦いながら虎視眈々と王座奪取に向けて牙を研いでいたことは、ジャン・パスカル戦でも明らかになっている。テイラーに敗れて、ミドル級の全団体統一王者の座を追われたのが2005年。41歳となっていたB-HOPは現役引退していても何ら不思議ではない。

 しかし、2011年5月のことだ。ダイレクトリマッチとして行われたパスカル戦で、46歳4か月という通常のプロスポーツでは考えられない年齢で世界チャンピオンを獲得してしまった。

 なぜ、そんなことが可能だったのか。それは彼の高いプロ意識にある。ドーピングとは一切無縁であることは有名で、試合が決まっていなくても食事に気を使っているという。トレーニングに手を抜くことなく取り組み、そういった高い意識から肉体の衰えを最小限にとどめる努力をしていたことが分かる。

 また、ファイトスタイルも柔軟に変えることができたこと、ディフェンステクニックに優れていたこと。これにより、ダメージを貯めることが無かったのもあるだろう。元々、老獪に試合を進めることにも長けていた。柔軟にファイトスタイルを変えて戦うことができる下地はあった。18歳から23歳まで刑務所にいたことも、集中しなければいけないというポジティブな面を作り出していたのかもしれない。

 かつて、ロッキー・バルボアに興奮したアメリカ人であるならば、ボクシングの世界に本当にロッキーが蘇ったと錯覚した人がいても不思議ではないような気がする。思うと、ホプキンスはターバーと対決する前に、当時50歳だったロッキー・バルボアと「すれ違っていた」ことを忘れてはいけない(演じたシルベスター・スタローンはすでに59歳ではあったのだが)。

 あれから10年。ロッキーと同じ年齢になった。どんなアスリートにも別れの時は来る。ジョー・スミス・ジュニアに場外へ叩き出されたこの前の試合は、それを象徴しているようであった。50歳のロッキーもディクソンに敗れ、亡きエイドリアンの前へ墓参して花を手向けた。そう。新しい道へスタートするときが来た。

 思い出は生き続ける。老獪な一方でち密なディテールをもった戦略家で、高いプロ意識を持ったボクサー。ロッキーとは違うかもしれないけれど、40歳を越えてもトップレベルで戦った「エイリアン」に私はどこかロッキーと重なるところがあるように見えた。悪党が英雄になる。そんな物語があっても、時にはいいじゃないかと思うのだ。

 グローブを壁に吊るし、一人のレジェンドがまたリングを去った。そんな彼が作り上げた道や思い出を噛みしめながら、感謝の言葉としたいと思う。

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